西崎 憲『世界の果ての庭』2013-05-21 17:05

 いつものように文庫データベースの更新をしていて、本書のデータを打ち込んでいたところ、はたと困った。いつも本の形式を「長編」「短編集」「アンソロジー」に分類して備考欄に記入している。本書は「長編」のつもりでそう記入しようとしたら、サブタイトルに「ショート・ストーリーズ」とある。え? これ短編集なの。日本ファンタジーノベル大賞受賞作だし、章番号も振ってあるので、てっきり長編だと思ってたんだけど。念のためにと思って読み始めたら、面白くて面白くて、一気に読み切ってしまった。

 結論から言うと、これはれっきとした「長編」である。関連したいくつかのエピソードが交互に語られるという構成をとっているので、そのエピソードを一つ一つ切り出して元の形に直せば、なるほど「短編集」にはなるだろう。しかし、それでは本書の面白さはほぼゼロにうななってしまう。英国へ留学して庭の研究をした女流作家の話、江戸時代に一種の言語哲学を独自に編み出し和歌のフレームまで作成した学者の話、ビルマで軍から脱走し無数の階段から成る異世界に入り込んだ男の話、日々若くなる母の話、一見何の関連もない話同士が結びつき、ほぐれ、また結びついていくところに本書の面白さがあるのであって、とにかく作者の手のひらで転がされることに快感を覚える類いの小説なのである。英文学と江戸文学を自在に行き来する闊達さには、さすがアンソロジスト、翻訳家として名を知られるだけのことはあると思わずうならされてしまった。無数の階段がある世界は恐ろしいと同時に実に魅惑的で、トマス・パーマー『世界の終わりのサイエンス』に登場する部屋を連想した。途中で提出された謎も一つは見事に解き明かされ、そこだけは暗号解読ミステリとして十分楽しめるが、もちろん、すべての事件に解決が与えられるわけではない。それなのに/だからこそ本書は面白い。他にもあれば、もっと作者の小説を読んでみたいと思った。