長澤唯史『70年代ロックとアメリカの風景』を読んで2021-02-07 09:11

 椙山女学園大学教授である著者が別冊文藝等に掲載してきた論考を一冊にまとめたもので、それぞれ掲載時に目を通してはいたが、こうして一気に読むと圧巻である。各論の鋭さ――たとえば、英文学的アプローチによるジェネシスの歌詞分析やジェフ・ベックのギタープレイは一つのメディアであると喝破したところなどは非常に啓発的であり刺激的だ――は言うに及ばず、本書には一貫して、資本主義のシステムに乗った音楽でありながら、それにとどまらず過剰なるものを抱え、表現し、闘いを続けてきたロックというものの特質を明らかにしようという熱い思いが根底に流れていることがよくわかる。

 主にイギリスのプログレッシヴ・ロックを論じた本書の第1部において、即興を統御するキング・クリムゾンに、近代的自我とは異なる「構築的な自己」を見出し、高度なアンサンブルで自己イメージを再生産していくイエスに「ハイパーリアルなシミュラークル」を見出す視点には実に説得力があり、巽孝之の先駆的な名著『プログレッシヴ・ロックの哲学』に続き、プログレッシヴ・ロックを哲学的に読み解いた書物として優れていると言えるだろう。
 さらに、人の生や性を管理する「生政治」(フーコー)と性を攪乱するグラム・ロックとの関わりを論じたり、ザ・フー『四重人格』をメタフィクション的に分析したうえで、70年代イギリス社会の不況と結び付けたりするなど、徐々に社会とロックとの関係性に言及する比率が高まっていくのも、本書の読みどころの一つである。序文にもあるように、60年代ロックが「権力」という目に見える敵を相手に闘っていたのと同様に、70年代ロックはより複雑化した社会や政治を相手にやはり「闘って」いたのである。

 本書の第2部は、ボブ・ディラン、イーグルス、サンタナ、ジミ・ヘンドリックスといったアメリカン・ロックの重鎮からケンドリック・ラマーといった新たな表現者までを論じて、その「闘い」の過程と意義を明らかにしていく。そして、本書の最終章に書かれた「ブルース・スプリングスティーンこそ70年代とそれ以降をつなぐ最重要な存在である」との指摘に、筆者は心から同意する。70年代「ここにこそ、ロックの未来がある」と評されたスプリングスティーンだが、最新作 Letter to You に至るまで、そのスタンスは一貫しており、ロックの理想的な姿がここにあることは間違いないからだ。

 全体を通じて、本書では核となる理論が決して上滑りしていない。音楽を論じる場合にありがちなことだが、理論だけが先走って、対象とずれていくということが起きやすい。それがないのだ。従って、納得しながら読み進めることができるし、また、知っていると思っていた(思い込んでいた)音楽に新たな光が当てられ、その魅力を再発見することができる。これは、著者に70年代ロックに対する深い理解と愛情があってこそ初めて達成できた偉業である。ぜひとも、一刻も早く、この手法をもとにしたブルース・スプリングスティーン論を読んでみたいと思う。楽しみに待っています。