お休みなさいエルサレム2021-05-23 14:06

 5月21日にようやく停戦になったとは言え、またもやイスラエルとパレスチナ(ガザ地区)との内戦が起きた。イスラエルの建国以来何度も何度も繰り返される悲劇にもううんざりしている人も多いと思われるが、いつミサイルが降ってくるかわからない当事者にとってみれば、本当にとんでもないことで、ちょっとでも想像力があれば、普通の人が普通に暮らしている地域にミサイルを撃ち込むとはどういうことかわかると思う。

 元ピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズの最新ソロアルバムは、2017年に出た Is This the Life We Really Want?(これが本当に望んだ生活?) だが、この中に「デジャ・ヴ」という曲がある。

【もしも自分が神様だったら/顔の血管を手直しして/お酒に強く/老化にも強くしただろう】

 という出だしから始まって、

【もしも自分がドローンだったら/ミサイル誘導と奇襲攻撃のための/電子的な目を備えて/外国の空を偵察しているドローンだったとしたら

 家にいる誰かを見つけなければいいと思う

 たとえば、そう/ストーヴの前の女性/パンを焼き/米を炊き/骨をゆでているような】(以上拙訳)

 この、「ドローンだったら、家にいる誰かを見つけなければいいと思う」っていうところがいいよね。全体的には、Wish You Were Here を思わせるゆったりとした曲調の曲だが、ロジャーもここは力を込めて、歌い上げている。原文は I would be afraid to find someone home だから「家にいる誰かを見つけることを恐れる」だが、まあこれぐらいの意訳は許されるだろう。日本版CDについている対訳も「家に誰もいなければいい」となっている。大岡昇平は「俘虜記」の中で、主人公が撃とうとしたアメリカ兵に家族がいることを想像したら撃てなかったというエピソードを描いている。家族のいる誰かを殺すこと、家庭にいる誰かを殺すことが戦争なのだということを戦争の親玉たちはぜひぜひ良く考えてほしい。

 さて、問題はここからだ。この対訳の第二連はこうなっている。

「もしも僕が神だったら/たくさんの子供を儲けるだろう/そして恋に苦しむこともない/たとえ一人でも失いたくないから」(高橋崇・訳)

 うん? 恋に苦しむこともない? 恋をすると子供を失うってことなのか。別の女性と恋をすれば、子供は置いていくことになるだろうからそれがつらいのか。随分生活臭の漂う神様だなあ。などと思って原文を確認すると、こうなっていた。

If I had been god / I would've sired many sons
And I would not have suffered / The Romans to kill even one of them

 これは多分こんな意味だ。
【もしも私が神様だったら/たくさんの息子を作り/ローマ人がそのうちの一人でも殺すことを許さなかっただろう】(拙訳)
 つまり、ローマ人が神の子であるイエスを殺したこと、それによってキリスト教が生まれたために現在に至るまで宗教戦争が絶えていないことを含意した一文であるとしか読めない。まさかと思うが、「恋に苦しむこともない」というのは Romans と Romance を取り違えた誤訳なのか、それともローマ人と知ってのうえで、大胆な意訳を試みたのか。まあ、どちらでもよい。この曲が名曲であることに変わりはないのだから。
 ちなみに、「デジャ・ヴ」の元の題は Lay down Jerusalem と言い、はっきりとこの曲がパレスチナ問題を歌ったものであることを示していた。【お休みなさいエルサレム/重荷を降ろして/お休みなさい】【私がムスリムであなたがユダヤ人だったら/鎖の重さを交換しよう/信仰という鎖の重さを】という歌詞も含まれている。このままでは、直接的すぎると思ったのか、完成した曲からはエルサレム、ユダヤ、ムスリムという語はすべて姿を消した。しかし、それにもかかわらず、この曲は、パレスチナを想起させないではいられない。「狂気」「ザ・ウォール」に続く、ロジャー・ウォーターズの新たな代表曲になると言ってよいと思う。

(ライヴでは、Lay down Jerusalem と繰り返し歌っている。こちらをどうぞ。↓)
https://www.youtube.com/watch?v=L8ezFac-O8I

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