アン・レッキー『叛逆航路』2016-05-08 18:17

 昨年の11月に出た本だが、ヒューゴー・ネビュラを始め多数の賞を取っていることもあり、気になっていながら読めないまま、あっという間に半年近くが過ぎてしまった。今回続編が出たのを機に、さすがに気合を入れて一気に読む。結論から言うと、面白い。読む価値は十二分にある。ただし、内容がそれほど斬新であるというわけではない。帯には“『ニューロマンサー』を超える快挙”とあるが、それはあくまでもデビュー長篇が取った賞の数のことであって、本の内容のことではないので、ご注意のほどを。

 艦船自身が主役であるとか、「わたし」が同時に20人いるとか、3人称代名詞がすべて「彼女」であるとか、いくつか目新しい点はあるが、物語の中心はそこにはない。かと言って、ドンパチを中心としたミリタリーSFでも、もちろんない。本書は、入念に作り込まれた異世界設定がもたらす異文化体験を主眼とした文化人類学的SFとしてまずは読まれるべきではないだろうか。

 遙かな未来、ラドチャーイと呼ばれる星間国家が、他の惑星に入植した人類に対して「併呑」という名の侵略を行い、意識を上書きした「属躰(アンシラリー)」に作りかえ、兵員として従属させている。その結果、一つの意識を持った艦船が、同期させて同じ意識を持つ「属躰」を何体も兵員として乗せることになる。物語は、2000年もの間、200人の「属躰」を乗せた兵員母艦としてラドチャーイに仕えてきた「わたし」が、一人の「属躰」となって、極寒の惑星ニルトで、1000年前に艦船の副官であったセイヴァーデンに偶然出会うところから始まる。どうやら「わたし」は艦船と他の「属躰」を失い、たった一体になっているらしい。一体何が起きたのか。物語はこの現在と、19年前に惑星シスウルナで起きた事件とを交互に語る形式で進んでいく。最初は何が起きているのかよくわからないと思うが、徐々に世界の背景と謎の核心が明らかになっていく構成を取っているので、ぜひとも我慢して読み進めてほしい。それぞれの惑星の文化、宗教など実に丁寧に書き込まれており、それだけでも十分読み応えがあるはずだ。個人的には、宇宙に居住するタンミンド人の宇宙観が興味深かった。極寒の惑星を舞台にしていることもあり、ル・グィン(『闇の左手』)やコーニイ(アイスデビルが登場する!)など先達作家へのオマージュが感じられるのもうれしいところ。最初は非人間的で異質なものに映る「わたし」=1エスク19=ブレクが、読み進むうちに、実に人間らしい一面を見せていく意外性が、本書がこれほど人気を集めた理由だろうか。同じ主人公、直後の時間軸で語られる続編が楽しみである。

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