小松左京その2(「すぺるむ・さぴえんすの冒険」)2011-12-31 18:28

 前回に続き小松左京の作品を取り上げる。7月以降さまざまなメディアで氏の作品について触れられていたが、なぜか人気の高い『エスパイ』(8月に行われたアンビ夏の例会における小松左京人気作品投票でも堂々一位を獲得)はおいといて、今回取り上げたいのは、『ゴルディアスの結び目』に入っている短編「すぺるむ・さぴえんすの冒険」と「あなろぐ・らヴ(ホントは「う」に濁音)」だ。おそらく大学時代に読んでいるはずだが、再読するまですっかり忘れていた。

 「すぺるむ・さぴえんすの冒険」は地球の最高指導者である主人公ミスター・Aが毎晩のように見る不思議な夢から始まる。その夢の中では、「あるもの」がミスター・Aに「宇宙の一切の秘密と真理を教える代わりに二百二十億の全人類の生命をうばう」という申し出をする。この両者のやり取りが実に知的にスリリングであり、冒頭から、こちらの心の琴線にびんびんと響くわけである。普通の人なら、そんなことのために人命を犠牲にするのは、一名たりともまっぴらごめんだと考えることだろう。いったんはミスター・Aもそう考える。「『知性』が……それほど尚(とうと)いものか」「二百二十億人の、それぞれの人生の中のささやかな幸福を犠牲にするに値するものか……」と。しかし、人間の存在意義について少しでも考えてみたことがある人は共感してくださるのではないかと思うが、人の「知りたいという欲望」は、食欲や性欲には負けるかもしれないが、ある種の人にとってはかなり強烈な部類に入る。小松左京という作家はまさに「旺盛な知識欲」の塊のような人だったし、当然本編のミスター・Aもそのような作家の性格を反映していると見ていい。機転の利く彼は、「あるもの」に対して「宇宙の秘密の代わりに万能の力が欲しい」と切り返すのだ。力を手に入れて宇宙の秘密を手に入れ、奪われた二百二十億人の命を救い、万人にその秘密を教えるのだと。これもまた、死の直前まで民衆の力を信じていた小松らしい答えである。「あるもの」は答えないまま去り、目覚めたミスター・Aの日常が始まっていく。

 この後、地球の正体について驚愕の事実が明らかにされ、再度「あるもの」が登場して同じ申し出を繰り返すのだが、このあたりはネタバレになってしまうので詳述はしない。ミスター・Aは申し出を受けるのか受けないのかが物語の焦点となっており、結末で彼はきっぱりと決断を下す。この返事には小松左京という作家のエッセンスが凝縮されているように思う。記憶違いかもしれないが、大学時代の読書会で、誰かが「『すぺるむ・さぴえんすの冒険』には小松左京の全てが詰まっている」と言っていたのをふと思い出した。その時は、そんなものかなあと半信半疑だったのだが、今なら自分も自信を持って言える。ここには確かに小松左京の全てではないにしろ、小松SFの全てが詰まっていると。超越への道を進む者ととどまる者、論理的・知的倫理と情緒的・美的倫理との対立、想定内の事態にしか対応できないシステムに比してそれを超え得る個人の能力への高い信頼、それらを壮大なスケールのもとで描き出す圧倒的なまでの筆力。執筆当時四十代半ば、成熟した小松左京の最良の成果がここにある。

 小説的完成度の高い「ゴルディアスの結び目」ばかりが目立っているが、本来は本短編集に含まれる四篇は等価な連作となっており、「すぺるむ・さぴえんす」の結末はそのまま「あなろぐ・らヴ」へとつながっていく。こちらも宇宙的なスケールが感じられる傑作で、宇宙を超えて伝わる「情報」というアイディアにはイーガン『ディアスポラ』につながるものがあると思う。詳しくはまたの機会に。いや、こんな傑作がごろごろしているのだから、やはり小松左京はすごいね、ほんと。

 駄文を読んでくださっている皆さま、よいお年をお迎えください。

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