衛藤公雄とフィリップ・K・ディック2012-12-28 22:22

 12月26日(水)の朝刊に衛藤公雄の訃報が掲載された。えとうきみお。筝曲家。享年88歳。大分県出身、幼少期に失明し、筝曲を習う。1953年に米国に移住、レコード制作、コンサート活動を行ったと記事に記されている。邦楽には疎いので、衛藤氏がどのような位置づけをされているのかはわからないが、こうして新聞に死亡記事が掲載されるということは、それなりに立派な地位を築いていたということなのだろう。

 8年ほど前に、どうしても氏の音楽が聴きたくてネットとか探したことがあるのだが、検索しても全くヒットしなかった。なぜ探したかというと、フィリップ・K・ディックの作品に氏の名前が二度も登場しているからである。

 一度目は『銀河の壺直し』(サンリオSF文庫)の75頁、主人公ジョー・ファーンライトが魅かれていく女性海洋生物学者マリ・ヨヘスの経歴表にこうある。
「好きな動物、スキムプ。好きな色、なし。好きなゲーム、モノポリ。好きな音楽、琴、古典、キミオ・エトウ。」
 二度目は『ティモシー・アーチャーの転生』の結末部。この本には至るところに音楽の話題が盛り込まれ、様々な役割を果たしているのだが(フランク・ザッパはともかく、キッスやシャ・ナ・ナまで登場する場面では思わず笑ってしまった)、物語の最後に静かに流れる音楽は、キミオ・エトーの曲なのである。
「わたしたちはレコードの最後に耳をかたむけた。B面の最後の曲は、初春のムードを意味する『春の姿』というタイトルだった。」(サンリオ版、346頁)

 ひょっとしたら、自分が気づかなかっただけで、他にもディック作品に登場しているのかもしれない(あったら教えてください)。このように好意的に使われているからには、おそらくディック自身何度も聴き込んで良いと感じたのだろう。ディックの日本文化に対する関心の深さがうかがえる。

 さて、ではこの『ティモシー…』に出てくる衛藤公雄のアルバムが一体何だったのか。調べがつかなくて8年前は放っていたのだが、今回の訃報を機に、再度検索。簡単に答は見つかった。国際尺八協会のページの中にディスコグラフィーがあったのだ。氏がアメリカで制作したアルバムは4枚。おそらくディックが聴いていたのは1959年制作の「Kimio Eto - Koto Music」である。最初の曲は『ティモシー…』にも出てくる「希望の朝」(英文タイトルは「希望の光」なので、それをディックは使用している)だし、「春の姿」もちゃんと入っている(A面最後の曲だが)。詳しくは以下のページをどうぞ。曲も始めの部分だけは聴くことができる。

http://www.komuso.com/albums/albums.pl?album=350&lang=39

 聴いてみてどうだったかというと、うーん……。
 ちなみに、衛藤公雄の次男スティーヴ エトウ(スティーヴ衛藤)は80年代後半のロックバンドPINKのドラマーをしていたことで有名。PINK解散後は、パーカッショニストとして、ソロや小泉今日子、藤井フミヤらのバックバンドの他、デミセミクェーバーなどで活躍していた。

アメリカ文学会シンポジウム2012-10-14 20:35

 椙山女学園大学国際コミュニケーション学部教授の長澤さんのお誘いで、弟とともに、名古屋大学で開かれている日本アメリカ文学会に行ってきた。もちろん自分は学会員でも何でもないわけだが、近年は開かれた学会を目指しているということで、学会員以外の参加も認められているようである。

 見学したシンポジウムのテーマは「音楽を通して読む〈前衛〉のアメリカ」。扱ったアーティストと担当は以下の通り。
1940年代のハリー・スミス(慶応大 大和田俊之)
50年代のポロックとケージ(横浜国立大学 中川克志)
60年代のフランク・ザッパ(愛知教育大学 久野陽一)
70年代~の〈アヴァン・ポップ〉(椙山女学園大学 長澤唯史)
 ほぼ年代順に個別の発表があり、最後にディスカッションという構成である。

 ハリー・スミスについては、アメリカのフォーク・ミュージック・アンソロジーの編者としてしか知らなかったが、実は人類学を学んだ研究者であり、実験映画も作成していたなど、様々な側面があったことがわかり大変興味深い発表であった。実験映画も見せていただいたが、ノーマン・マクレランがインド哲学を題材に撮ったらこうなるのではないかという感じのユニークなもので、なるほど彼の前衛性がよく伝わってきた。ボブ・ディランやザ・バンドが彼のフォーク・ミュージック・アンソロジーを手本にしたことから、勝手に保守的な規範としてのハリー・スミス像を創りあげてしまっていたことを深く反省。

 ポロックとケージについては、パフォーマンスを行うことによって絵画の音楽化を目指したポロックと、絵画よりも音楽を特権化していくケージとの比較を通じて、ケージの音楽の前衛性を見つめ直すというもの。表層的な類似ではあるがという限定つきで紹介されたケージの楽譜と視覚美術との類似が面白かった。

 ザッパについては、初期作品のいくつかを聴きながら、ザッパの特色を分析していく。ザッパの特色は、1 既存のもののパッチワークであり、2 録音芸術としての側面を持ち、3 人に嫌悪感を催すような音楽であるが、それらの背後には冷徹さ、強靭な理性が存在しているとの分析が紹介されていた。実は初期ザッパの前衛性は、音楽性にあるというよりは、「ミスター・アメリカよ、教えることをしないお前の学校のそばを歩け/到達できない精神のそばを歩け/お前の内側の空虚さのそばを歩け」という強烈なアメリカ批判をポピュラー・ミュージックの枠内でやってのけたことにこそあるわけで、せっかく歌詞をレジュメに載せてあるので、そちらからの分析があるともっとよかったのではないかと思わされた。

 アヴァン・ポップについては、前衛と伝統の対立そのものが内包されたシステムの中にいて、それでもなおラディカルに規範を破壊していく志向を持った作品というラリイの定義に従い、シャイナー『グリンプス』、ユージン・チャドボーンなどの作品やアーティストが紹介されていく。時間が足りずにスティーヴン・ライトの紹介まで行かなかったのが残念であったが、それでも真の前衛はもはや存在しない今、アヴァン・ポップの持つ意義は大変大きいものがあるということはよくわかった。

 ディスカッションを聞いて感じたのは、絶対的な「前衛」というものはそもそも存在しないということ。初期ザッパを今聴いて「前衛」でないと感じるのは当たり前というべきであって、それを言うなら、ケージの《ウィリアムズ・ミックス》を今聴いても少しも「前衛」的ではない(初めて聴いた自分は、何だビートルズ「リヴォルーションNo.9」のパクリではないかと思った)。むしろ、それぞれの作品を当時の文脈に置いたうえで、いかに前衛的であったかを語り、そこから有益な所見を引き出すべきであろう。
 何はともあれ、久しぶりに実に知的かつ刺激的な時間を過ごすことができた。声をかけていただいた長澤さんに深く感謝する次第である。

ジョン・ケイルをまとめて聴く2012-08-20 23:10

 なぜか突然ジョン・ケイルをまとめて聴いている。これは『ウォッチメン』を読んで各章の最後に引用されている言葉がとにかくかっこよくて、12章(最後の章)のジョン・ケイルの言葉「より強き世界となる/より強き愛の世界となる/われらはその中にて死す」は一体どの歌からなんだろう? と思って、弟にCDを何枚か借りてそのままになっていたものを、少し暇ができたのでまとめて聴き直そうと思ったからである。聖書、ニーチェ、ユング、ブレイク「虎よ、虎よ!」に交じって、『ウォッチメン』の章末で引用されたミュージシャンは、ケイルも含めて三人だけ。残り二人はボブ・ディランとコステロなのだから、アラン・ムーアのジョン・ケイルに対する評価の高さがわかろうというものだ。

 私は、むろんヴェルヴェット・アンダーグラウンドもルー・リードも好きなのだが、ジョン・ケイルは格別だ。実はルー・リードよりも好きかもしれない。特に、ヴェルヴェトを最初の2枚でやめソロになってからの1枚目「Vintage Violence」(1970年)は最高である。けだるい歌い方と親しみやすいメロディ。ラフでありながら、実はきっちりと計算され構築されている曲の、時には崇高なまでの美しさ。このチープさと壮大さが入り混じった感じが実にすばらしい。SFで言えば、ディックかワイドスクリーンバロックのようなものだ。これに匹敵するのは、スラップ・ハッピーの「アクナルバサック・ムーン」しかないね。世間では3枚目の「Paris 1919」(1973年)の方が評価が高いようだが、自分は迷わずこの1枚目を推す。これと4枚目「Fear」(1974年)、6枚目「Heren of Troy」(1975年)まで聴いて、今日は終わり。

 結論から言うと、『ウォッチメン』に引用された「Santies」は、このどれにも入ってなくて、1982年の「Music for a New Society」に入っている曲なのであった。おそらく『ウォッチメン』効果なのだろう。このアルバム、アマゾンでもとんでもない値段がついている。一万円を超えているので、ちょっと手が出ない。弟が持ってるといいなあ。

オリンピック閉会式について2012-08-14 21:50

 今更ながらロンドン・オリンピック閉会式について書く。もともとオリンピック自体に興味はそれほどなく、開会式にポール・マッカトニーが出ていたのを見逃していたぐらい。しかし、テーマが「シンフォニー・オブ・ブリッティッシュ・ミユージック」というのを後から知ったので、ブリテッィシュ・ロック・ファンの端くれとして、閉会式だけはちゃんと見ようと思っていたのだ。が、やはり最初を見逃し、レイ・デイヴィスとケイト・ブッシュを見損ねてしまう(ペット・ショップ・ボーイズはどうでもいいが、この二人は見たかった)。

 ジョージ・マイケルから見始め、元気なアニー・レノックスにびっくり。演出もなかなか凝っていて、ファッション・モデルが登場する場面にボウイの曲(ファッション)を持ってくるなど、なかなか気が利いている。それにしても、このときのNHKのアナウンサー(解説者?)はひどかった。ネットで「うるさい」などと書かれていたが、問題は「うるさい」ことではない(むしろ、最初は静か過ぎるほどだった)。ブリティッシュ・ロックについて全く「無知である」ことが問題なのだ。アニーが出てきても「アニー・レノックスさんです」で終わり。エド・シーランがピンク・フロイド「Wish You Were Here」のカバーをやっても、一言も説明なし。一緒に演奏しているバンド・メンバーのうち、ニック・メイソンはフロイドのメンバーであるとか、マイク・ラザフォード(ジェネシス)が参加しているとか、曲に合わせて綱渡りの男が登場し、最後に別の男と握手した瞬間にその男から炎が上がったが、これは「Wish You Were Here」のジャケットを再現したものであるとか(ここは見ていてぞくぞくした)、いくらでも解説すべき点はあったというのに、解説はゼロ。何もなし。エリック・アイドルが出てきても「エリック・アイドルさんです」で終わり。モンティ・パイソンのメンバーであることも何も説明なし。

 わかっている人がいろいろ解説してくれるなら、「うるさ」くても全然問題なかったと思う。もちろん、アナウンサーはオリンピックの解説者であって、ロックのことはわかるはずもない。それならば、最初から「シンフォニー・オブ・ブリッティッシュ・ミユージック」というテーマはわかっていたのだから、ロックに詳しい人を呼ぶとか、いくらでも手は打てたのではないか。そして、「無知である」がゆえに、解説者はとんでもないことを始めてしまった。まだ曲が続いているのに、ショーとは何の関係もないオリンピックの振り返りを勝手に話し出してしまったのである! これは流石にひどいと思ったね。オリンピックで体操の演技をしているときに、ロックのことを話しますか? そんなことしたら、絶対に聞いている人は怒るでしょう? 確かに、閉会式はオリンピックの競技とは違う。でも、だからと言って、パフォーマンスを全く無視したおしゃべりを延々と続けるのは、演奏している人と聴いている人に失礼極まりない。これなら黙っていた方がましである。そこを指して「うるさい」と言われたんだろうが、なぜ「うるさ」くなってしまったのか。ショーを無視して話してもいいと判断したからだろう(指示があったのなら、指示を出した人がそう判断したのだ)。なぜ無視してもいいと思ったのかというと、たぶん価値がわからず、どうでもいいと思ったからだ。または閉会式だから、オリンピックを総括しなければという思いが強すぎたのか。ともかく、おおげさに言えば、これはイギリス文化に対する無礼な行為、野蛮な行為である。NHKは大いに反省して、以後はこのような失礼がないようにしてほしいものだ。