拡大文芸会2012-12-09 22:19

 前に書いたとおり、前任校で顧問をしていた文芸部一期生~三期生の合同同窓会を開催した。きっかけは二期生の一人が今回市役所に合格したので、そのお祝いを兼ねて一度全員で集まろうと話していたこと。残念ながら参加できなかった子もいたけれど、何とか7名+あとで1名+ゲスト参加2名の合計10名の参加。二期生の子とは本当に久しぶり。こちらは一期生、三期生とはそれぞれ別によく会っているのだが、一期生と三期生同士は久しぶりのはず。最初はしんとした会になったらどうしようかと心配していたが、それは杞憂に過ぎなかった。まさに久闊を叙すといった感じで、4時間も大いに話し、飲み、食べ、大変盛り上がった会となった。

 会場は前にも使用した千種のブォンユミヤッチョ(写真はまたもや食べログから無断転載)。お店の雰囲気がとてもよく、料理もおいしい。前菜、キッシュ、手打ちパスタ、メインディッシュの猪肉、デザート、とどれもおいしくいただきました。めったに飲まない自分だが、今回は特別にワインを少々。これもおいしかった!

 皆の元気な姿が見られるだけでなぜかとてもうれしくなるという、まさに孫を見つめるおじいさん状態であり(せめて娘を見つめるお父さんにしてと言われたが)、とにかく楽しい会でした。年に一回はこういうのが開けるといいね。

衛藤公雄とフィリップ・K・ディック2012-12-28 22:22

 12月26日(水)の朝刊に衛藤公雄の訃報が掲載された。えとうきみお。筝曲家。享年88歳。大分県出身、幼少期に失明し、筝曲を習う。1953年に米国に移住、レコード制作、コンサート活動を行ったと記事に記されている。邦楽には疎いので、衛藤氏がどのような位置づけをされているのかはわからないが、こうして新聞に死亡記事が掲載されるということは、それなりに立派な地位を築いていたということなのだろう。

 8年ほど前に、どうしても氏の音楽が聴きたくてネットとか探したことがあるのだが、検索しても全くヒットしなかった。なぜ探したかというと、フィリップ・K・ディックの作品に氏の名前が二度も登場しているからである。

 一度目は『銀河の壺直し』(サンリオSF文庫)の75頁、主人公ジョー・ファーンライトが魅かれていく女性海洋生物学者マリ・ヨヘスの経歴表にこうある。
「好きな動物、スキムプ。好きな色、なし。好きなゲーム、モノポリ。好きな音楽、琴、古典、キミオ・エトウ。」
 二度目は『ティモシー・アーチャーの転生』の結末部。この本には至るところに音楽の話題が盛り込まれ、様々な役割を果たしているのだが(フランク・ザッパはともかく、キッスやシャ・ナ・ナまで登場する場面では思わず笑ってしまった)、物語の最後に静かに流れる音楽は、キミオ・エトーの曲なのである。
「わたしたちはレコードの最後に耳をかたむけた。B面の最後の曲は、初春のムードを意味する『春の姿』というタイトルだった。」(サンリオ版、346頁)

 ひょっとしたら、自分が気づかなかっただけで、他にもディック作品に登場しているのかもしれない(あったら教えてください)。このように好意的に使われているからには、おそらくディック自身何度も聴き込んで良いと感じたのだろう。ディックの日本文化に対する関心の深さがうかがえる。

 さて、ではこの『ティモシー…』に出てくる衛藤公雄のアルバムが一体何だったのか。調べがつかなくて8年前は放っていたのだが、今回の訃報を機に、再度検索。簡単に答は見つかった。国際尺八協会のページの中にディスコグラフィーがあったのだ。氏がアメリカで制作したアルバムは4枚。おそらくディックが聴いていたのは1959年制作の「Kimio Eto - Koto Music」である。最初の曲は『ティモシー…』にも出てくる「希望の朝」(英文タイトルは「希望の光」なので、それをディックは使用している)だし、「春の姿」もちゃんと入っている(A面最後の曲だが)。詳しくは以下のページをどうぞ。曲も始めの部分だけは聴くことができる。

http://www.komuso.com/albums/albums.pl?album=350&lang=39

 聴いてみてどうだったかというと、うーん……。
 ちなみに、衛藤公雄の次男スティーヴ エトウ(スティーヴ衛藤)は80年代後半のロックバンドPINKのドラマーをしていたことで有名。PINK解散後は、パーカッショニストとして、ソロや小泉今日子、藤井フミヤらのバックバンドの他、デミセミクェーバーなどで活躍していた。

『世界の終わりのサイエンス』トマス・パーマー2012-12-29 21:50

 ようやく今日から冬休み。まずは家の片づけをする。本を少し減らそうと思って、未読の本を読んで処分しようという大それた計画を立てたのだが、なかなか進みません。

 まずは、ずっと気になっていたトマス・パーマーの『世界の終わりのサイエンス』を読んでみる。1992年12月刊行の本なので、ちょうど20年前だ。いったいどれだけ積んでおいたのか。

 コネチカットの海岸のそばの一戸建てに妻子とともに住み順風満帆の人生を送っていた主人公ロックランド・プールは、ある日「境界線」を超え、今までいた世界とは別の世界に入り込んでしまう。そこは事務机と椅子、ベッドが置かれたバスルームつきの部屋で、窓はどこにもない。四方を廊下が取り囲んでおり、どこへも出ることはできないのだ。朝になるとマックと呼ばれる男が朝食を持ってくるが、彼がどこから来て、どこへ戻っていくのかはわからない――。こんな不条理な設定で始まる物語は、少しずつ謎を明かしながら、螺旋を描くようにゆっくりと進んでいく。プールは現実に戻ったり、また別の世界をさまよったりしながら、序々に自分の役割に気づいていくが、その先には恐ろしい惨劇が待っていた……。

 中盤の入江の世界でのプールの悪夢のような体験が圧倒的な迫力で印象に残る。それに比べれば、終盤の惨劇は規模こそ大きいが、さほど実感を伴って迫っては来ない。作者の主眼は惨劇そのものではなく、惨劇の再現を恐れる人々の不安を描くことにあるようだ。現実のゆらぎ、現実と悪夢は紙一重であること、非現実的状況に直面したときの人間の様々な気持ち(否定、表面的な理解、不安)を主に描いているという点で、本書は厳密な意味でのサイエンス・フィクションとは言い難い。しかし、良質なサイエンス・フィクションは、非現実の不条理と恐ろしさをもその中に含んでいるはずであり、また本書が非現実的状況を理性的に理解しようとする姿勢を崩していない以上(もちろんそれは成功しないことが運命づけられているのだが)、本書とサイエンス・フィクションが重なり合う部分は多いと言える。文章も上手く、読んで損はない。SFファンにとっても十分に楽しめる文学作品である。

2012年の海外SF(その1)2012-12-30 22:18

 早いものでもう2012年も終わりである。今年の海外SFを少しだけ振り返ってみると、国書刊行会「未来の文学」と河出「奇想コレクション」の新刊がなかったのがさびしいが、代わりに「新☆ハヤカワSFシリーズ」がスタートしたのが大きな収穫であった。現在まで7点が順調に刊行されている。読んだ分だけ五点満点(★五つ)で評価してみると……

5001『リヴァイアサン』スコット・ウエスターフィールド★★★
 レビュー:http://sciencefiction.asablo.jp/blog/2011/12/

5002『第六ポンプ』パオロ・バチガルピ★★★★
 「フルーテッド・ガールズ」がとにかく傑作。「砂と灰の人々」のごつごつした肌触りも忘れ難い。「イエローカードマン」にはねじまき少女も登場しているので、ねじまきファン(いるのか?)は必読だ。

5003『サイバラバード・デイズ』イアン・マクドナルド★★★★★
 レビュー:http://sciencefiction.asablo.jp/blog/2012/05/

5004『ベヒモス』スコット・ウエスターフィールド★★★
 訳者あとがきにもあるけれど、クラーケンも潜水艦も登場しないのに「クラーケンと潜水艦」というサブタイトルはちょっとひどいと思う。

5005『ブラックアウト』コニー・ウィリス★★★
 つるつる読めてそれなりに楽しめるが、もちろんそれ以上の深みがあるわけではない。はらはらどきどきしながら読めて感動したい人にはお薦め。

5006『量子怪盗』ハンス・ライアニエミ★★★★
 次から次へと繰り出される造語とアイディア、イメージの奔流に圧倒された。今後が楽しみな若手作家

 という感じかな。
 ハヤカワ文庫SFと創元SF文庫については次回書きます。(つづく)