殊能将之訃報2013-03-31 21:40

 大学時代からの友人であるミステリ作家の殊能将之が亡くなったとの知らせが昨日(3月30日)ネットを駆け巡った。亡くなったのは2月11日であり、自分が友人から知らせを聞いたのが2月22日。最初は呆然とし、それからじわじわと悲しみが広がってきたのだが、伏せていなければならないので、何とも言えない中途半端な気持ちがずっとくすぶっていた。思いを吐き出したいのだが、吐き出せないといったもどかしさ。4月3日発売のメフィストに追悼記事が載るとのことで、30日なら友人に話してもいいだろうと、東京に住む大学時代の友人たちと会う約束をし、仕事が忙しい中、無理やり時間を作って新幹線に飛び乗って、東京に向かっている最中に、ネットに流れたらしい。

 知ってからは、ずっと著作を読み返していた。間違いなくミステリ界の歴史に残るであろう『ハサミ男』、石動戯作初登場、自分も刑事役で出演させてもらったのが印象深い『美濃牛』、ミステリ・ファンの度肝を抜いた『黒い仏』、水城初登場で、殊能作品にしては珍しく最後にほろりとさせられる『鏡の中は日曜日』、中世の視点で東京を眺めたところが斬新な『キマイラの新しい城』、どれも傑作でありながら、ひとつとして同じ趣向の作品がない。まとめて読み返して、本当にすごいと思った。

 しかし、これは実は氏のすべてではない。彼の該博な知識、人を引き付けずにはおれない語り口、切れ味鋭い論理的思考力、それはまだまだ、これから存分に発揮されていくべきものだった。彼を知る者すべてが、そう思っていたはずだ。もっともっと書いてほしかった。いや、生きていてほしかった。もうあの、時には毒舌で皮肉たっぷりのジョークを聞くこともないのだと思うと、限りなく悔しく、そして悲しい。

 一晩、友人たちと彼の思い出を語り合い、大学時代に書かれたレビューなどもまとめて残しておきたいねと話した。ちょうど今年の夏、名大SF研30周年行事を行うので、本当はそこに呼ぼうと思っていたのだが……。もう何を言っても仕方がない。

 翌日、古本屋でも回って帰ろうと思い、いつものように、神保町を歩いて「@ワンダー」の中に入った。その瞬間、馴染みのある曲が耳に入ってきた。店内に流れていたのは……XTC……これは……そう、「ハサミ男(Scissor Man)」じゃないか! 数冊の本を手にしてレジに向かう。聞くべきか、そのまま出ていくべきか。レジには年配のおじさんと20代と思しき若者の二人がいる。どちらがXTCをかけているのか。レジをすませたが、結局話しかける勇気が出ない。ちょうど若者の方が休憩のため外へ出ていく。意を決して私は話しかけた。「この曲をかけているのはどなたでしょうか」
「私ですが…」けげんそうに若者が答える。
「XTCですよね。何か理由があるんですか」
「好きなんです。実は昨日…殊能将之というミステリ作家が亡くなったのを知って…」
「ええ……『ハサミ男』ですよね」
「そうです、大好きな作家だったので、昨日からショックで何も手につかなくて……」
 思わず、自分は殊能将之の友人であること、本当に悲しく思っていることを語ってしまった。見も知らぬ古本屋の店員に話すことではないだろうと思ったが、止まらなかった。
 若者と別れ、帰途に着く。
 なぜか、嬉しさが込み上げてきた。殊能将之は確かに人々の心に残っている。こんなに愛されているんだ……そう思った瞬間だった。彼の死を知ってから、一度も流れなかった涙があふれてきた。神保町から水道橋へ向かう途中、歩きながら私は泣いていた。そこが、数十年前、かつて東京に住んでいた殊能氏とともに歩いた道でもあったことに気づくのに、そう時間はかからなかった……。