『名古屋SFアンソロジー』(発行人・阿下潮/2026年5月4日刊行)2026-07-14 10:13

名古屋SFアンソロジー
 近年ローカルSFアンソロジーがいくつも刊行されている中、待望の『名古屋SFアンソロジー』が5月に刊行された。個人出版によるものだが、太田忠司氏、十三不塔氏ら名古屋出身・在住のプロ作家も寄稿しており、ハイ・レベルの作品集となっている。刊行を記念して、編者の阿下潮氏、解説の人間六度氏(名古屋市出身)、作品寄稿者である十三不塔氏(同)によるトークイベントが7月4日に名古屋の揚輝荘で行われ(名古屋の古書店 henn books 主催)、筆者も参加してきたので、そこで聞いた話も交えながら、本書を紹介していきたい。

 本書刊行のきっかけは、『大阪SFアンソロジー』(Kaguya Books/2023)『京都SFアンソロジー』(同/2023)『東京下町SFアンソロジー』(同/2024)などの地域SFアンソロジーの刊行に刺激された阿下氏が、2025年5月にX(元twitter)で「名古屋SF描きたいよね」とつぶやいたことらしい。地域SFアンソロジーにおいても名古屋飛ばしが行われていたのだから、氏の憤懣ももっともなことである。これに2万ビュー越えの反応があり作成が決定。原稿募集をかけたところ、全23編が集まり、そこから厳選した13編を本書に収録したとのこと。

 それにしても、名古屋SFアンソロジーがなかなか編まれなかったのは、名古屋という土地の持つ無個性さ、関東と関西という二極に分かれた文化的特性のどちらでもありどちらでもないという曖昧さが要因の一つにあることは間違いないだろう。人間六度氏が解説に書き、トークイベントでも述べていたように、名古屋には「何もない」とよく言われる。それはある程度満たされているために「帰属意識に縋らなければならない逼迫感がないのだ」(本書解説)と氏は述べているが、おそらくそれは正しい。古い作品になるが、同じく名古屋出身の作家、清水義範が名作「蕎麦ときしめん」(1984)の中で、名古屋人を「きしめん」にたとえ、個人(めん)が社会(汁)の中にどっぷりとつかっており個が喪失し社会へ埋没していると指摘し(汁と分離された「蕎麦」はもちろん東京人のアイデンティティ確立を示す)、その要因として、土地が豊かで食うことに困らず、住環境にも恵まれていることを挙げていたことが思い起こされる。40年前の作品ではあるが、その主張は今でも有効ではないだろうか。

 これをSFと結びつけて考えれば、満たされているがゆえに、SFの本質的な特質と言うべき「進取の気性」や「フロンティア精神」と絡んでこないのが、名古屋という地域の特色であり、名古屋SFの難しさであったかもしれない。

 さて、本書に集められた名古屋SFは、その困難をどのように乗り越えているのか、または特に乗り越えようとすることもなく自然体で名古屋とSFを結びつけているのか、順に見ていきたい。
※「タイトル」作者【名古屋のトピックス×SF的アイディア】を示したうえで、感想を記した。

「お前の血は何味噌だ」秋待諷月【赤味噌・赤だし味噌×新型ウイルス】
 新型のMISOウイルスにより血液中に「血噌(けっそ)」という成分が新たに作られ、その感染者が味噌依存症になるというユニークなアイディアをもとに展開される切れ味鋭い奇想SF。患者が普段摂取している味噌の種類によって、依存する味噌の種類も決まるので、当然名古屋を中心とする東海地方在住民は「赤味噌」または「赤だし味噌」(両者は異なるので要注意)依存となる。これだけでも十分面白いのに、さらに死亡率の高い新型ウイルスとMISOウイルスを組み合わせることで、何にでも赤味噌をかけると揶揄されていた名古屋人の最底辺カーストを上位へとひっくり返したところに本篇の真骨頂があると言えよう。SF的な装置を使うことで、普段から優越感と劣等感が入り混じっている名古屋人の複雑な気持ちを見事にすくい取ってみせた、痛快な作品だ。

「聖なる干潟とサンセット」坂乃水【藤前干潟×〈渡り〉】
 豊かな生態系を保持してきた藤前干潟の保存運動に関わった老婦人の思い出を「私」が聞くという構成を通じて、干潟保存の意義と個人の想いを残すことの意味が重ね合わされていく……。本書には、実際の名古屋の史跡や歴史を語ることに主眼を置いた作品がいくつかあるが、本篇もその一つとなる。『万葉集』で干潟の美しさを詠んだ高市黒人の和歌を引きながら、落ち着いた語り口で読ませる作品だ。SF度は低いものの、最後に、ある仕掛けが施されている。何の〈渡り〉かは実際に読んで確かめてみてほしい。

「まあいっぺん天下布武」太田忠司【織田信長×AI・クローン技術】
 題名通り「まあいっぺん天下布武」というスローガンを無意味に繰り返して当選した名古屋市長(名古屋弁丸出しの下品な口調に、名古屋市民はK村元市長を連想せざるを得ない)に、AIとクローン技術を使って織田信長が現代に甦ったら……というアイディアを絡めて描いた作品。政治家の愚かさを思い切り皮肉ってみせる手際の鮮やかさは流石の一言。

「アイを受け取るもの」阿下潮【ナナちゃん人形×怪獣】
 突然謎の怪獣が名古屋に飛来し、ミッドランドスクエアに取りついてビルを蹴って跳躍する。ビルは大名古屋ビルヂングに倒れ込み、次々とゲートタワー、セントラルタワーが崩壊していく……。本書中最大のスペクタクルが展開していくが、むしろ作者の狙いはそこにはなく、すべての人々を精神的に飲み込もうとする怪獣に対峙し、一体化を拒否する「ナナちゃん人形」の雄姿と強靭な意思を描くことにある。それぞれの独立した個性を大切にしていこう、その象徴としてのナナちゃん人形を大事にしていこうという作者の想いがひしひしと伝わってくる好篇である。

「ギャラクティック☆レイヤー」日比野心労【コスプレサミット×異星人】
 名古屋では毎年大須と栄で「世界コスプレサミット」が開かれているが、これが宇宙規模に拡大されたら……という発想で描かれた楽しい作品。名古屋で開催される「銀河コスプレサミット」において、タコ型異星人による審査妨害が発生。運営委員会は改善のため、還暦を迎えた往年の名コスプレイヤー2名を招く……。作者はコスプレ好きの高校生がご当地ヒーロー復活に挑む「県北戦士アガキタイオン」(舞台は新潟)を執筆しており、本篇に登場する「アガキタイオン」のコスプレは、この自作をもとにしているようだ。とは言え、食い逃げ犯の宇宙海賊の名前などに名古屋ネタもしっかり入れており、経緯を知らなくとも楽しめる作品に仕上がっている。

「天満宮の封印」武石勝義【上野天満宮×アマツカミとの戦い】
 ひょっとして名古屋市民以外には余り知られていないかもしれないが、平安時代に安倍清明は一時名古屋に住んでいたことがあると言われており、千種区の清明神社や清明町という地名にその名残がある。また、その際に清明一族が菅原道真の霊を祀った神社を建て、それが現在も千種区にある上野天満宮だと伝わっている。この伝承を踏まえて、今も続く人類とアマツカミとの争いを描き、日本中を駆け回ってアマツカミを封印してきた父が、名古屋に家を建てた息子に自らの人生を語るというのが本篇の構成である。父と子のすれ違いが現代風で面白く、本来は降臨するはずだった神の名前など細かな設定もよく出来ている。

「人鳥たちの四半世紀天下」七名菜々【名古屋港水族館×気候変動】
 2025年、突如地球に氷河期が訪れるが、名古屋港水族館のペンギンたちは生き延び、天へのメッセージを送る……。科学的な設定や説得力は皆無なので、一つの寓話として読むべき作品だろう。かわいいペンギンたちの会話は存分に楽しめる。

「かつて名古屋は地上にあった」偲凪生【地下街×気候変動】
 こちらは逆に暑くなりすぎて地下に避難した名古屋市民を描いている。2030年に地下に移住してから20年が過ぎ、新卒公務員の主人公は地上課に配属され、研修を受ける。地上には土を食べる異種族ツチクレが生息しており、公務員はヒーローとともに異種族と戦うのだ……。楽しめる作品ではあるが、ツチクレとは何か、200万市民はどのように地下に移住したのかなど、もう少し読者に説明が欲しかった。

「名古屋金シャチ盗難伝説」山本倫木【名古屋城×指向性エネルギー波】
 岐阜を愛する岐大生が、名古屋城の金シャチを岐阜城に据えつけようと画策する話。少し未来の設定だが、この時代の金シャチは尻尾から水を噴出するように細工されている。これは実際にありそうな話で、面白いと思わされた。岐阜城に金シャチが取りつけられた(ように見える)場面では、ハイ・テクノロジーが効果的に使われている。

「本山原人の逆襲」淡中圏【本山原人×名大農学部の拡張】
 名古屋大学に通う学生が広いキャンパス内を歩き回る話で、SF度は薄い。あえて言えば、近未来の名大農学部が東山動植物園を併合し実験動植物が流出したという設定にSFらしさがあると言えばあるが、それが間接的にしか物語に関わってこない点には不満が残る。本山原人というのは、1980年代前半に名古屋大学(当時の最寄り駅は「本山」)にうようよしていたファッション・センス皆無の男子大学生を揶揄して言った言葉。それももはや時の彼方の出来事であって、よくもまあ、このような言葉を引っ張り出してきたなと、当時本山原人と言われた筆者にとっては大変感慨深いものがある。第15回創元SF短編賞受賞の稲田一声氏が名大出身ということを知れたのは収穫であった。

「激走ドラゴンロード超!!」十三不塔【基幹バスレーン×交通寄生体】
 名古屋には全国でも珍しく、市バスが道路の中央を走るバス路線が存在する。それが本篇の舞台である名古屋市営バス基幹2号系統、通称「基幹バスレーン」である。バスの乗客にとっては遅延なく進む路線であり、メリットが大きいが、横を走る自動車にとっては右折がしづらく、またレーンが空いていると自動車の出入りが常に発生し、危険極まりない。作中では、これを〈不条理な交通システム〉と呼び、ドライバーの混乱や焦燥などのネガティブな感情を取り込む交通寄生体なる存在を仮定しているが、これは実に秀逸な発想で、全国に存在する〈不条理な交通システム〉には必ず交通寄生体が裏にいるのだと言われると、なるほどそうかと納得してしまうほどの説得力がある。接客が苦手な女性タクシードライバー、むっちゃんのキャラも味があり、奇想SFとしてはもちろん、タイムトラベルを絡めた亡き夫をめぐる人情ものとしても読める、実に楽しい作品だ。

「ヴァイパーインフレーション」萬朶維基【蛇池(じゃいけ)×くずし字解読支援AI】
 名古屋市西区比良には織田信長が大蛇を探したが見つけられなかったという蛇池(じゃいけ)及び蛇池神社がある。作者は、この蛇池伝説と、くずし字を読むための支援AI「ヨンデルー」とを効果的に結びつけて、ぞっとする物語を紡いでみせる。歴史小説の部分と支援AIの科学的アイディアがともにしっかりと描かれているため、現実に浮かび上がる大蛇にリアリティが生まれ、話に説得力がある。作者の筆力をうかがうことができる一作だ。

「セーラー服の白線が伸びる先に」長尾たぐい【熱田空襲×未来への思い】
 第二次大戦時の空襲被害と言えば、1945年3月10日の東京大空襲(死者10万人)がまず挙げられるが、名古屋で言えば、1945年6月9日の熱田空襲(死者2000人)を忘れることはできない。一度出た警報が解除されて皆が職場に戻ったあとの突然の空襲であったこともあり、わずか10分足らずの間に2000人近くの死者が出たと言われている。工場に動員されていた多数の学生の犠牲があったことも記憶すべきだ。本篇は、熱田の軍需工場を回診している女医と動員された学徒との交流を描く。丁寧に取材したと思われ、4月から空襲当日までの日々が見事に再現されている。女医が亡くした娘の面影を回診先の女子高生に重ね、自由と未来について語る場面にはとりわけ心を打たれた。過去の上に現在は作られる。過去が見た未来に、果たして現在はふさわしい時代になっているのか、過去に逆行してはいないかを深く問いかけているように思われた。

 以上13編、奇想あり、寓話あり、特撮あり、歴史あり、戦争ありで、実にバラエティに富んだアンソロジーとなっている。名古屋のトピックスもふんだんに盛り込まれ、名古屋を知らない人への名古屋案内といった役割も果たしてくれそうだ。集中のベストを選ぶとすると、奇想SFとしての完成度の高さから「お前の血は何味噌だ」「激走ドラゴンロード超!!」の二篇、戦争の重みが伝わる「セーラー服の白線が伸びる先に」の一篇、計三篇となるだろうか。もちろん他の作品も十分楽しめるので、ぜひご一読をお勧めしたい。

 今回アンソロジーでは取り上げられなかった名古屋ネタもまだまだあると思う。食べ物関係で言えば、ウナギの味変が楽しめる伝統の「ひつまぶし」、藤井聡太がおやつに食したことで一躍名を挙げた「ぴよりん」。建築関係なら、トークライブの舞台となった「揚輝荘」、朝ドラ『虎に翼』のロケ地にも選ばれた「名古屋市政資料館」、川上貞奴邸を移築した「ぶんかのみち二葉館」。お寺関係では、日本で唯一釈迦の仏舎利(遺骨)を収めている「日泰寺」、高さ十五メートルを誇る名古屋大仏で有名な「桃厳寺」、岡本太郎作成、大胆なデザインが観る人の度肝を抜く「歓喜」という鐘がある「久国寺」など、小説のネタになりそうな題材が名古屋には多数ある。トークライブにて刊行が予告された『名古屋SFアンソロジー2(2とつけるとよくないらしいので、多分別タイトルになる予定)』に大いに期待したい。

『星の海を駆ける 新世代スペース・オペラ傑作選』(2024)ジョナサン・ストラーン/編(2026年3月/東京創元社)2026-07-16 20:48

『星の海を駆ける 新世代スペース・オペラ傑作選』
 1964年北アイルランドのベルファスト生まれ、現在はオーストラリア在住の編集者ジョナサン・ストラーンは、今最も信頼できるSFアンソロジストである。SFに関する該博な知識と深い愛情をもとに、幅広い視点から作品を選ぶ姿勢には常に感嘆させられる。何よりSFの歴史や先達に対する敬意が感じられる点が素晴らしい。本書の序文においても、ストラーンは、E・E・スミス、ハミルトンやヴォークトに始まるスペース・オペラの歴史を丁寧に辿りながら、『デューン』『神の目の小さな塵』といった60年代、70年代の作品、M・ジョン・ハリスンの The Centauri Device からイアン・M・バンクスの《カルチャー》シリーズといったイギリスSFの流れを押さえていく。チェリイとビジョルドを「批評的観点において重要な作家」と位置づけているのも意外で面白い。ストラーンが述べているように、2000年代半ばには、アレステア・レナルズやマコーリイら当時の新鋭による宇宙を舞台にした力作が続々と発表されて「ニュー・スペース・オペラ」と呼称された。アメリカの情報誌〈ローカス〉は2003年8月号で特集を組んでいる(日本でもレナルズなどかなり翻訳され〈SFマガジン〉が2005年12月号で「ニュー・スペース・オペラ特集」を組むなど、それなりの盛り上がりはあった)。ストラーンも、2007年と2009年にアンソロジー The New Space Opera とその続編をドゾワとともに編集して、ブームの盛り上げに一役買っている。このようにジャンル内では非常に盛り上がった「ニュー・スペース・オペラ」だったが、サイバーパンクのようなジャンル外への広がりはなかったように思われる。その後はどうなったのか。もちろん2010年代から2020年代にかけてもスペース・オペラは書き継がれ、新しい作家も続々と現れた。『叛逆航路』(2013)のアン・レッキー、『ナインフォックスの覚醒』(2016)のユーン・ハ・リー、『帝国という名の記憶』(2019)のアーカディー・マーティーンらはいずれも大宇宙を舞台にした冒険SFの優れた書き手であり、スペース・オペラの正当な継承者と言えるだろう。

 本書は、レナルズら「ニュー・スペース・オペラ」世代から、こうした新しい世代の作家たちまでの2010年代の作品を幅広く収録し、さながら2010年代海外SF傑作選と言い換えてもおかしくないほど、SFの現在を代表する作家たちが勢ぞろいした秀逸な作品集となっている。
 以下、14編中、印象に残った作品を紹介しておく。

「禅と宇宙船修理技術」(2017)トバイアス・S・バッケル(生年1979-)
 敵との激しい戦闘が終わり勝利に沸き立つ中、肉体を捨てて蟹状整備形態ロボットとなり思考体として存在している「私」は、敵のCEOアーマンドに遭遇する。瀕死状態であったアーマンドに命令され、逆らえない私は彼を救うことになる。アーマンドは〈人類真形態〉の一員で、自己の肉体を保存することを何より重要視しているのだ。肉体と精神の対立に経済的対立(株主と労働者)が重ね合わされ、軍隊が一種の経済組織として存在しているという独自の設定が興味深い。禁じられている物質をこっそりコレクションしており、最後にはアーマンドに一矢報いるなど、妙に人間臭い「私」のキャラクターも魅力的だ。幅数千キロの三連回転リング、空中に浮かぶ都市、エクサジュールのエネルギー、ピコテクノロジー(もはやナノテクは旧式となっている)など惜しげもなく繰り出される大道具やアイディアも実に楽しく、同設定の物語をもっと読んでみたいという気にさせられた。

「ベラドンナの夜」(2017)アレステア・レナルズ(1966-)
 銀河に様々な系統に分化した人類が広がっている遠未来。二十万年がかりの銀河周回を終えた人々が集まる千夜祭がティアス星で開かれ、オジギソウ系統のシャウラも参加する。リンドウ系統のマンテマが自分を明らかに無視しているにもかかわらず、部屋の前にベラドンナの花を毎晩置いていることに気づいたシャウラは、真意をマンテマに問うが……。煌びやかな舞台装置、次々と繰り出される独自の用語、そして揺らいでいく現実。短いながら『反転領域』にも通じるレナルズの特色がよく発揮されている好編だ。

「金属は暗闇の血のごとく」(2020)T・キングフィッシャー(1977-)
 はるかな昔、ある惑星に一人で住む老人によって作られた善良な二体の巨大ロボット、ブラザーとシスターは、ナノマシンによって金属を食べて自分の身体を作り変えることができた。心臓病を患った老人は救援を呼び、悪い人間に会わないように二体を宇宙へ逃がす。しかし、二体は小惑星帯で、邪悪な第三ドローンに捕獲されてしまう。どうやって二体がドローンから逃れるかが本編の読みどころ。邪悪な存在に善が勝つためには、少しの悪が必要だというメッセージが打ち出され、ファンタジーで多くの賞を受賞してきた作者ならではのストーリーテリングの上手さが光る作品だ。

「包嚢」(2012)アリエット・ド・ボダール(1982-)
 ボダールの邦訳短編集『茶匠と探偵』にも収録された作者の出世作で、2013年度のネビュラ賞を受賞している。星間勢力ギャラクティックから独立した〈長寿ステーション〉では、包嚢(イマーサー)と呼ばれる化身を人々がまとっている。ネットワーク接続された金属のメッシュを頭に載せて脳を同調させることにより、外見だけでなく、言語、身ぶり、習慣など異文化の特徴をまるごと再現できるのだ。〈長寿ステーション〉で暮らすロン族のキュイは、訪れたギャラクティックの客人の妻が同族であることを見抜き、救い出そうとする……。欧米社会に抑圧されてきたアジア系民族の自立と、男性に抑圧される女性の自立とをともに核にもった作品で、もやのようにまとわりついてくる支配民族(あるいは男性)の価値観を包嚢(イマーサー)で見事に表象し、妻の自立とキュイの自立が重ね合わされる結末までを、匂い立つような独自の文体で描き出している。

「善き異端者」(2019)ベッキー・チェンバーズ(1985-)
 銀河系内のいくつもの種族が、同盟を結んで銀河共同体(GC)を構成している世界。主人公マスが所属するシアナット族は、ある年齢に達するとウィスパラーと呼ばれるウイルスに感染し、脳を組み替えて能力を増すようになっている。感染を拒否する者は異端者と言われ、別の惑星に流罪となる。感染する日を楽しみにして迎えたマスだったが……。毛皮を持ちネコずわりをする異星種族の話であるにもかかわらず、異端者になることの疎外感と苦しみ、そして結末での癒しが、まるで自分のことのように胸に迫ってくる。作者の他の作品同様、とても読みやすく、温かな眼差しに満ちている感動作だ。

「惑星執着者」(2023)サム・J・ミラー(1979-)
 ゲートでつながった十二の銀河に九千万の人類が入植している遥かな未来。男娼のアランは、休暇中にメネリク・スターションで元兵士の武器商人二人と知り合いになり、親密になる。二人から得た情報を売りに行った先で、アランは通信が途絶し到達不能になっている自身の出身惑星ウクバルの硬貨を見つける。誰がこれを持っていたのか、探索を始めたアランを待ち受けていたものは……。魅力的な舞台設定、陰のある主人公、二転三転するストーリー展開に派手な戦闘シーンも加わり、これぞニュー・スペース・オペラといった感じの作品だ。故郷を求め続ける〈惑星執着者〉アランの気持ちが痛いほど伝わってくる。

「スキーズブラズニルの最後の旅」(2019)カリン・ティドベック(1977-)
 突如としてヤドカリ船が人類の前に到来し、宇宙航行は新たな次元に入った。ヤドカリ船とは一種の生体宇宙船で、中に巨大なヤドカリのような異星生命体が入っており、異次元を航行することで深宇宙を旅することができる。幼い頃から冒険を夢見てきたサガは、自分の村にヤドカリ船〈スキーズブラズニル〉が訪れ、修理工を募集してきたことをきっかけに、船に乗り込み、冒険の旅に出る……。謎多き生命体であるヤドカリとコミュニケーションできる機関士ノヴィク、SFドラマに夢中な主人公サガなどのキャラがそれぞれいい味を出している。その架空SFドラマ『アンドロメダ・ステーション』のエピソードがいくつか紹介されているが、これも実に面白く、ぜひとも作者にノヴェライズしてもらいたいほどの出来の良さ。理屈抜きで楽しめる作品に仕上がっている。

 以上7編が筆者の印象に残った作品である。これで全体の半分となるが、他の作品(作家名だけ挙げておくと、ユーン・ハ・リー、アーカディー・マーティン、チャーリー・ジェーン・アンダーズ、セス・ディキンソン、ラヴィ・ティドハー、アーニャ・ジョアンナ・デニーロ、アン・レッキー)ももちろん楽しめるものに仕上がっている。最近のSFはどうなっているのかを概観するにもぴったりのアンソロジーであり、初心者にも、最近SFから遠ざかっていたベテランの読者にも、等しくお勧めできる作品集だ。