『星の海を駆ける 新世代スペース・オペラ傑作選』(2024)ジョナサン・ストラーン/編(2026年3月/東京創元社) ― 2026-07-16 20:48
1964年北アイルランドのベルファスト生まれ、現在はオーストラリア在住の編集者ジョナサン・ストラーンは、今最も信頼できるSFアンソロジストである。SFに関する該博な知識と深い愛情をもとに、幅広い視点から作品を選ぶ姿勢には常に感嘆させられる。何よりSFの歴史や先達に対する敬意が感じられる点が素晴らしい。本書の序文においても、ストラーンは、E・E・スミス、ハミルトンやヴォークトに始まるスペース・オペラの歴史を丁寧に辿りながら、『デューン』『神の目の小さな塵』といった60年代、70年代の作品、M・ジョン・ハリスンの The Centauri Device からイアン・M・バンクスの《カルチャー》シリーズといったイギリスSFの流れを押さえていく。チェリイとビジョルドを「批評的観点において重要な作家」と位置づけているのも意外で面白い。ストラーンが述べているように、2000年代半ばには、アレステア・レナルズやマコーリイら当時の新鋭による宇宙を舞台にした力作が続々と発表されて「ニュー・スペース・オペラ」と呼称された。アメリカの情報誌〈ローカス〉は2003年8月号で特集を組んでいる(日本でもレナルズなどかなり翻訳され〈SFマガジン〉が2005年12月号で「ニュー・スペース・オペラ特集」を組むなど、それなりの盛り上がりはあった)。ストラーンも、2007年と2009年にアンソロジー The New Space Opera とその続編をドゾワとともに編集して、ブームの盛り上げに一役買っている。このようにジャンル内では非常に盛り上がった「ニュー・スペース・オペラ」だったが、サイバーパンクのようなジャンル外への広がりはなかったように思われる。その後はどうなったのか。もちろん2010年代から2020年代にかけてもスペース・オペラは書き継がれ、新しい作家も続々と現れた。『叛逆航路』(2013)のアン・レッキー、『ナインフォックスの覚醒』(2016)のユーン・ハ・リー、『帝国という名の記憶』(2019)のアーカディー・マーティーンらはいずれも大宇宙を舞台にした冒険SFの優れた書き手であり、スペース・オペラの正当な継承者と言えるだろう。
本書は、レナルズら「ニュー・スペース・オペラ」世代から、こうした新しい世代の作家たちまでの2010年代の作品を幅広く収録し、さながら2010年代海外SF傑作選と言い換えてもおかしくないほど、SFの現在を代表する作家たちが勢ぞろいした秀逸な作品集となっている。
以下、14編中、印象に残った作品を紹介しておく。
「禅と宇宙船修理技術」(2017)トバイアス・S・バッケル(生年1979-)
敵との激しい戦闘が終わり勝利に沸き立つ中、肉体を捨てて蟹状整備形態ロボットとなり思考体として存在している「私」は、敵のCEOアーマンドに遭遇する。瀕死状態であったアーマンドに命令され、逆らえない私は彼を救うことになる。アーマンドは〈人類真形態〉の一員で、自己の肉体を保存することを何より重要視しているのだ。肉体と精神の対立に経済的対立(株主と労働者)が重ね合わされ、軍隊が一種の経済組織として存在しているという独自の設定が興味深い。禁じられている物質をこっそりコレクションしており、最後にはアーマンドに一矢報いるなど、妙に人間臭い「私」のキャラクターも魅力的だ。幅数千キロの三連回転リング、空中に浮かぶ都市、エクサジュールのエネルギー、ピコテクノロジー(もはやナノテクは旧式となっている)など惜しげもなく繰り出される大道具やアイディアも実に楽しく、同設定の物語をもっと読んでみたいという気にさせられた。
「ベラドンナの夜」(2017)アレステア・レナルズ(1966-)
銀河に様々な系統に分化した人類が広がっている遠未来。二十万年がかりの銀河周回を終えた人々が集まる千夜祭がティアス星で開かれ、オジギソウ系統のシャウラも参加する。リンドウ系統のマンテマが自分を明らかに無視しているにもかかわらず、部屋の前にベラドンナの花を毎晩置いていることに気づいたシャウラは、真意をマンテマに問うが……。煌びやかな舞台装置、次々と繰り出される独自の用語、そして揺らいでいく現実。短いながら『反転領域』にも通じるレナルズの特色がよく発揮されている好編だ。
「金属は暗闇の血のごとく」(2020)T・キングフィッシャー(1977-)
はるかな昔、ある惑星に一人で住む老人によって作られた善良な二体の巨大ロボット、ブラザーとシスターは、ナノマシンによって金属を食べて自分の身体を作り変えることができた。心臓病を患った老人は救援を呼び、悪い人間に会わないように二体を宇宙へ逃がす。しかし、二体は小惑星帯で、邪悪な第三ドローンに捕獲されてしまう。どうやって二体がドローンから逃れるかが本編の読みどころ。邪悪な存在に善が勝つためには、少しの悪が必要だというメッセージが打ち出され、ファンタジーで多くの賞を受賞してきた作者ならではのストーリーテリングの上手さが光る作品だ。
「包嚢」(2012)アリエット・ド・ボダール(1982-)
ボダールの邦訳短編集『茶匠と探偵』にも収録された作者の出世作で、2013年度のネビュラ賞を受賞している。星間勢力ギャラクティックから独立した〈長寿ステーション〉では、包嚢(イマーサー)と呼ばれる化身を人々がまとっている。ネットワーク接続された金属のメッシュを頭に載せて脳を同調させることにより、外見だけでなく、言語、身ぶり、習慣など異文化の特徴をまるごと再現できるのだ。〈長寿ステーション〉で暮らすロン族のキュイは、訪れたギャラクティックの客人の妻が同族であることを見抜き、救い出そうとする……。欧米社会に抑圧されてきたアジア系民族の自立と、男性に抑圧される女性の自立とをともに核にもった作品で、もやのようにまとわりついてくる支配民族(あるいは男性)の価値観を包嚢(イマーサー)で見事に表象し、妻の自立とキュイの自立が重ね合わされる結末までを、匂い立つような独自の文体で描き出している。
「善き異端者」(2019)ベッキー・チェンバーズ(1985-)
銀河系内のいくつもの種族が、同盟を結んで銀河共同体(GC)を構成している世界。主人公マスが所属するシアナット族は、ある年齢に達するとウィスパラーと呼ばれるウイルスに感染し、脳を組み替えて能力を増すようになっている。感染を拒否する者は異端者と言われ、別の惑星に流罪となる。感染する日を楽しみにして迎えたマスだったが……。毛皮を持ちネコずわりをする異星種族の話であるにもかかわらず、異端者になることの疎外感と苦しみ、そして結末での癒しが、まるで自分のことのように胸に迫ってくる。作者の他の作品同様、とても読みやすく、温かな眼差しに満ちている感動作だ。
「惑星執着者」(2023)サム・J・ミラー(1979-)
ゲートでつながった十二の銀河に九千万の人類が入植している遥かな未来。男娼のアランは、休暇中にメネリク・スターションで元兵士の武器商人二人と知り合いになり、親密になる。二人から得た情報を売りに行った先で、アランは通信が途絶し到達不能になっている自身の出身惑星ウクバルの硬貨を見つける。誰がこれを持っていたのか、探索を始めたアランを待ち受けていたものは……。魅力的な舞台設定、陰のある主人公、二転三転するストーリー展開に派手な戦闘シーンも加わり、これぞニュー・スペース・オペラといった感じの作品だ。故郷を求め続ける〈惑星執着者〉アランの気持ちが痛いほど伝わってくる。
「スキーズブラズニルの最後の旅」(2019)カリン・ティドベック(1977-)
突如としてヤドカリ船が人類の前に到来し、宇宙航行は新たな次元に入った。ヤドカリ船とは一種の生体宇宙船で、中に巨大なヤドカリのような異星生命体が入っており、異次元を航行することで深宇宙を旅することができる。幼い頃から冒険を夢見てきたサガは、自分の村にヤドカリ船〈スキーズブラズニル〉が訪れ、修理工を募集してきたことをきっかけに、船に乗り込み、冒険の旅に出る……。謎多き生命体であるヤドカリとコミュニケーションできる機関士ノヴィク、SFドラマに夢中な主人公サガなどのキャラがそれぞれいい味を出している。その架空SFドラマ『アンドロメダ・ステーション』のエピソードがいくつか紹介されているが、これも実に面白く、ぜひとも作者にノヴェライズしてもらいたいほどの出来の良さ。理屈抜きで楽しめる作品に仕上がっている。
以上7編が筆者の印象に残った作品である。これで全体の半分となるが、他の作品(作家名だけ挙げておくと、ユーン・ハ・リー、アーカディー・マーティン、チャーリー・ジェーン・アンダーズ、セス・ディキンソン、ラヴィ・ティドハー、アーニャ・ジョアンナ・デニーロ、アン・レッキー)ももちろん楽しめるものに仕上がっている。最近のSFはどうなっているのかを概観するにもぴったりのアンソロジーであり、初心者にも、最近SFから遠ざかっていたベテランの読者にも、等しくお勧めできる作品集だ。
本書は、レナルズら「ニュー・スペース・オペラ」世代から、こうした新しい世代の作家たちまでの2010年代の作品を幅広く収録し、さながら2010年代海外SF傑作選と言い換えてもおかしくないほど、SFの現在を代表する作家たちが勢ぞろいした秀逸な作品集となっている。
以下、14編中、印象に残った作品を紹介しておく。
「禅と宇宙船修理技術」(2017)トバイアス・S・バッケル(生年1979-)
敵との激しい戦闘が終わり勝利に沸き立つ中、肉体を捨てて蟹状整備形態ロボットとなり思考体として存在している「私」は、敵のCEOアーマンドに遭遇する。瀕死状態であったアーマンドに命令され、逆らえない私は彼を救うことになる。アーマンドは〈人類真形態〉の一員で、自己の肉体を保存することを何より重要視しているのだ。肉体と精神の対立に経済的対立(株主と労働者)が重ね合わされ、軍隊が一種の経済組織として存在しているという独自の設定が興味深い。禁じられている物質をこっそりコレクションしており、最後にはアーマンドに一矢報いるなど、妙に人間臭い「私」のキャラクターも魅力的だ。幅数千キロの三連回転リング、空中に浮かぶ都市、エクサジュールのエネルギー、ピコテクノロジー(もはやナノテクは旧式となっている)など惜しげもなく繰り出される大道具やアイディアも実に楽しく、同設定の物語をもっと読んでみたいという気にさせられた。
「ベラドンナの夜」(2017)アレステア・レナルズ(1966-)
銀河に様々な系統に分化した人類が広がっている遠未来。二十万年がかりの銀河周回を終えた人々が集まる千夜祭がティアス星で開かれ、オジギソウ系統のシャウラも参加する。リンドウ系統のマンテマが自分を明らかに無視しているにもかかわらず、部屋の前にベラドンナの花を毎晩置いていることに気づいたシャウラは、真意をマンテマに問うが……。煌びやかな舞台装置、次々と繰り出される独自の用語、そして揺らいでいく現実。短いながら『反転領域』にも通じるレナルズの特色がよく発揮されている好編だ。
「金属は暗闇の血のごとく」(2020)T・キングフィッシャー(1977-)
はるかな昔、ある惑星に一人で住む老人によって作られた善良な二体の巨大ロボット、ブラザーとシスターは、ナノマシンによって金属を食べて自分の身体を作り変えることができた。心臓病を患った老人は救援を呼び、悪い人間に会わないように二体を宇宙へ逃がす。しかし、二体は小惑星帯で、邪悪な第三ドローンに捕獲されてしまう。どうやって二体がドローンから逃れるかが本編の読みどころ。邪悪な存在に善が勝つためには、少しの悪が必要だというメッセージが打ち出され、ファンタジーで多くの賞を受賞してきた作者ならではのストーリーテリングの上手さが光る作品だ。
「包嚢」(2012)アリエット・ド・ボダール(1982-)
ボダールの邦訳短編集『茶匠と探偵』にも収録された作者の出世作で、2013年度のネビュラ賞を受賞している。星間勢力ギャラクティックから独立した〈長寿ステーション〉では、包嚢(イマーサー)と呼ばれる化身を人々がまとっている。ネットワーク接続された金属のメッシュを頭に載せて脳を同調させることにより、外見だけでなく、言語、身ぶり、習慣など異文化の特徴をまるごと再現できるのだ。〈長寿ステーション〉で暮らすロン族のキュイは、訪れたギャラクティックの客人の妻が同族であることを見抜き、救い出そうとする……。欧米社会に抑圧されてきたアジア系民族の自立と、男性に抑圧される女性の自立とをともに核にもった作品で、もやのようにまとわりついてくる支配民族(あるいは男性)の価値観を包嚢(イマーサー)で見事に表象し、妻の自立とキュイの自立が重ね合わされる結末までを、匂い立つような独自の文体で描き出している。
「善き異端者」(2019)ベッキー・チェンバーズ(1985-)
銀河系内のいくつもの種族が、同盟を結んで銀河共同体(GC)を構成している世界。主人公マスが所属するシアナット族は、ある年齢に達するとウィスパラーと呼ばれるウイルスに感染し、脳を組み替えて能力を増すようになっている。感染を拒否する者は異端者と言われ、別の惑星に流罪となる。感染する日を楽しみにして迎えたマスだったが……。毛皮を持ちネコずわりをする異星種族の話であるにもかかわらず、異端者になることの疎外感と苦しみ、そして結末での癒しが、まるで自分のことのように胸に迫ってくる。作者の他の作品同様、とても読みやすく、温かな眼差しに満ちている感動作だ。
「惑星執着者」(2023)サム・J・ミラー(1979-)
ゲートでつながった十二の銀河に九千万の人類が入植している遥かな未来。男娼のアランは、休暇中にメネリク・スターションで元兵士の武器商人二人と知り合いになり、親密になる。二人から得た情報を売りに行った先で、アランは通信が途絶し到達不能になっている自身の出身惑星ウクバルの硬貨を見つける。誰がこれを持っていたのか、探索を始めたアランを待ち受けていたものは……。魅力的な舞台設定、陰のある主人公、二転三転するストーリー展開に派手な戦闘シーンも加わり、これぞニュー・スペース・オペラといった感じの作品だ。故郷を求め続ける〈惑星執着者〉アランの気持ちが痛いほど伝わってくる。
「スキーズブラズニルの最後の旅」(2019)カリン・ティドベック(1977-)
突如としてヤドカリ船が人類の前に到来し、宇宙航行は新たな次元に入った。ヤドカリ船とは一種の生体宇宙船で、中に巨大なヤドカリのような異星生命体が入っており、異次元を航行することで深宇宙を旅することができる。幼い頃から冒険を夢見てきたサガは、自分の村にヤドカリ船〈スキーズブラズニル〉が訪れ、修理工を募集してきたことをきっかけに、船に乗り込み、冒険の旅に出る……。謎多き生命体であるヤドカリとコミュニケーションできる機関士ノヴィク、SFドラマに夢中な主人公サガなどのキャラがそれぞれいい味を出している。その架空SFドラマ『アンドロメダ・ステーション』のエピソードがいくつか紹介されているが、これも実に面白く、ぜひとも作者にノヴェライズしてもらいたいほどの出来の良さ。理屈抜きで楽しめる作品に仕上がっている。
以上7編が筆者の印象に残った作品である。これで全体の半分となるが、他の作品(作家名だけ挙げておくと、ユーン・ハ・リー、アーカディー・マーティン、チャーリー・ジェーン・アンダーズ、セス・ディキンソン、ラヴィ・ティドハー、アーニャ・ジョアンナ・デニーロ、アン・レッキー)ももちろん楽しめるものに仕上がっている。最近のSFはどうなっているのかを概観するにもぴったりのアンソロジーであり、初心者にも、最近SFから遠ざかっていたベテランの読者にも、等しくお勧めできる作品集だ。
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