山村浩二『マイブリッジの糸』2012-01-03 20:56

 『マイブリッジの糸』(2011年)は、『田舎医師』(2007)以来待望の山村浩二監督の新作アニメーションである。BPさんのブログで本日監督のトークがあるということを知り、早速今池の名古屋シネマテークまで観に行ってきた。

 本作品の企画自体は『頭山』(2002)直後から練っており、動物がたくさん登場するイラストを描いたことから始まったとのこと。糸と写真機を連動させて初めて馬の走る分解写真を撮ったと言われる英国人エドワード・マイブリッジの一生を東京に住むある母娘の生涯と組み合わせて描いており、セリフは一切なしの象徴的な画面展開でストーリーは進んでいく。どうやらマイブリッジは妻の愛人を殺し、母娘はピアノ演奏を通じて触れあっていくことぐらいはわかるが、後はほとんどイメージの世界と言っていい。BGMのバッハ「蟹のカノン」が逆行カノンであること(逆から弾いても同じ曲になる)、マイブリッジが時間を瞬間瞬間に切り取ってみせたことが表象しているように、本作品での時間は切り刻まれ、シャッフルされ、時には逆行し、時には順行する。音とイメージの美しい戯れ。

 ほぼカナダのNFB(国立映画製作庁)に関する講義であったトークの後の質疑応答で最も印象深かったのは、作品の偶然性に関する部分。「アニメーションには偶然性や即興性を入れにくいと思われているが、実はそうではなく、画面に入れやすい」という意外な発言。これは、実は山村作品を初めとする手作り的な作品については真実である。同時に上映されたメイキングを観ると本当によくわかるのだが、山村氏はこの作品を、筆、鉛筆、クレヨンなどを使い、一枚一枚丁寧に描いているのだ。6400枚を、ほぼ一人で、である。筆むらなどには、明らかに身体性、偶然性がくっきりと刻印されており、これがこの発言を裏づけているわけだ。「しかし、そういうことをやり過ぎると観客不在の作品になってしまうので、一方的にならないように意識している」とのこと。

 「作品というのは個人が世界をどう見たかという記録であり、自分と世界との距離感がその時々の作品に出ている」というのが質疑応答の最後にあり、これは「わからないから作る」「(作品は)子供の落書きと同じかもしれない」というトーク冒頭の言葉とも響き合っていた。

 一枚一枚の手描きにこだわった分、『田舎医師』でも感じられた山村氏独特のふにゃふにゃしていると同時にスピード感のある動きは今回さらにパワーアップしている。独自の浮遊感に浸りたい方は必見の作品である。NFBの作品も同時上映していて面白かったのだが、それは次回に。

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_ ★究極映像研究所★ - 2012-01-03 21:55

Nagoya Cinematheque Monthly 1月3日の17:30には名古屋ご出身の山村監督の郷帰りトークショーも予定しています。メイキング作品『東京/モントリオール ~「マイブリッジの糸」制作風景~』の特別上映もありますNagoya Cinematheque Monthly1/2〜13● マイブリッジの糸 『頭山』『年をとった鰐』などで知られる、日本を代表するアニメーション作家・山村浩二の最新作。映画の発明に多大な影響を与えた19世紀の写真家E・マ イブリッジの人生と、現代の東京に暮らす名もなき母と娘の情景が、J・S・バッハ作曲の「蟹のカノン」を架け橋に、自在に描かれる。凝縮した夢を見るかのような、驚きと興奮の映像詩。12分38秒。 ○『マイブリッジの糸』を共同製作したカナダ国立映画制作庁(NFB)は、とりわけアニメーションの分野で輝かしい歴史を誇る。山村監督にとってもNFB