手塚治虫記念館・石ノ森萬画展2012-01-06 19:23

 日帰りで妻と二人で手塚治虫記念館に行って来た。前に行ったのは1999年の2月だったので、もう13年も前のことになる。記憶はもはやおぼろげで、宝塚駅から「花のみち」を通っていくのだが、こんな道あったっけ? という感じである。火の鳥のモニュメントも建っていて、うーん、全然覚えがないなあと思っていたら、これは前回はありませんでした。覚えてなくて正解である。

 1階の展示は前回とほぼ変わらず。今回の目的は2階の企画展示室で2月20日まで行われている「萬画 ~石ノ森章太郎の世界~」を見ることだ。ホントは石巻の石ノ森萬画館まで行けばいいのだろうが、やはり東北は遠すぎる。まずは近くで行われている展示を見ておこうと思ったのだ。何があるのかは全く知らずに行ったのだが、これが結構拾い物。石ノ森が高校時代に作っていた肉筆回覧同人誌「墨汁一滴」や、石ノ森が寺田ヒロオに技量を見てもらうために送った作品など、結構貴重なものが展示されている。「墨汁一滴」の6号は普通のB5サイズなのだが、2号とかはその半分の横長のサイズで作られていることに驚く。しかも、漫画だけでなく、石ノ森による絵つきのエッセイがあるではないか。まあ、私のような筋金入り石ノ森ファン以外にはあんまり面白くないかもしれないが、哲学者の言葉を引用しながら青年らしい悩み(自分は「見栄」をはることは嫌いなのに、つい自分自身が「見栄」をはってしまうことがあっていやになる、等々)を綴っているのが興味深く、印象に残った。生原稿も多く展示されており、昔から見てみたいと思っていた石ノ森アシストによる「鉄腕アトム・電光人間の巻」の原画も数ページ展示されている。生で見ると、明らかに人物も石ノ森が描いているところがあるのがよくわかる。背景だけの指定でアシストを頼んだのに人物まで入れて仕上げたのだから、手塚治虫もこれにはびっくりしただろうなあ。

 通常は手塚作品を上映しているアトムビジョン(ミニ劇場)でも、石ノ森作品を二つ上映していた。一つは石ノ森チビッコキャラ総出演のコメディ「消えた赤ずきんちゃん」、もう一つはあの名作「龍神沼」だ。前者は話はシンプルだがテンポが良く、作画も丁寧でまずまずの出来。後者は、原作のイメージが強烈なのに、同じ方向を目指してしまったため見事に失敗している。ただ原作を表面的になぞっただけの絵コンテ、一部デッサンが狂い統一感のない作画、これでは褒めようがない。どちらもマッドハウス製作なのだが、演出の差ということか。製作者には失礼な言い方になってしまうが、この「龍神沼」の映像によって、原作を知る者は「龍神沼」という漫画自体が極めて強い映像喚起力を持つ傑作であったと改めて気づくことになるだろう。石ノ森の『マンガ家入門』でも、確かこの作品が全編再録されて氏自ら作品の意図を明かしていたと記憶しているが、それだけ作者にとっては自信のある作品だったにちがいない。レイ・ブラッドベリは傑作短編「みずうみ」を書き上げたとき「自分はこれまでとはちがうことをしたのだとわかった」(『ブラッドベリ年代記』)と語っているが、石ノ森にとっての「みずうみ」こそ、この「龍神沼」だったのではないだろうか。

 石ノ森については、まだいくらでも書きたいことがあるのだが、今回はこれくらいで。昨年12月に出たばかりの長谷邦夫の自伝『桜三月散歩道』(水声社)にも石ノ森章太郎との思い出が書かれている。同書は宇宙塵の例会写真なども収録しており、漫画ファンだけでなく、SFファンにも興味深く読める内容となっているので、このブログを読んでいるような方にはぜひお薦めしておきたい。