萩尾望都作品集『なのはな』2012-03-13 22:20

 3月12日発行の萩尾望都の漫画最新刊。あちこちで話題になっている「プルート夫人」など、放射性物質を擬人化して描いた三部作を始め、原発事故に関連した作品五編を収録した単行本である。三巻まで刊行されている短編シリーズ「ここではない★どこか」に属してはいるが、今までの新書版ではなく、ハードカバーでの刊行、表紙も箔押しの丁寧な造本であり、小学館の本気具合がうかがわれる。

 前回レビューした対談集でも「プルート夫人」については触れられていた。気熱をやってもらった後、体中のパーツがガシッとつながった感じになり、3時間でネームができてしまったのだという。なるほど、プルトニウムを妖艶な女性として登場させ、彼女に翻弄される男性達の情けなさを流れるような筆致で描いた本作は、近年の萩尾望都の淡々とした作品群の中では異様とも言える迫力に満ちている。逆にウランを気品あふれる貴公子として登場させ、彼の魅力に参ってしまう女性達を描いた「雨の音―ウラノス伯爵―」、再度プルトニウムをサロメとして登場させ、今度はプルトニウムの内面に入り込んでその恐ろしさを描いた「サロメ20××」と続けて読んでいくと、311の刺激が、萩尾望都の創作意欲に火をつけてしまった様子がよくわかる。どれも一気に読ませるパワーが感じられるのだ。読んでいるうちに、そう言えば、萩尾望都には社会問題を扱った作品が過去にもあったぞと思い出した。公害問題を描いた「かたっぽのふるぐつ」だ。ゆうという少年が喘息で死んでしまう話で、重い読後感を残す異色作だった。こんな作品まですらすら浮かんでくるとは、さすが人生で大切なことは萩尾望都で学んだ自分である(自画自賛)。『ポー』や『トーマ』のファンからしたら意外に思われるかもしれないが、もともと萩尾望都には社会的意識の強いところがあったのではないか。というか、萩尾望都っていうのは、何気ない日常を描くのが無茶苦茶上手い一方で、世界が日常だけでは成り立っていないということ、日常に裂け目が入り、非日常を垣間見せるその瞬間を作品に昇華させるのが実に上手い作家でもある。現実が非日常をもたらした311に対して、作品化せずにはいられなかったというのが正直なところなのだろう。

 派手な「プルート夫人」もいいけれど、チェルノブイリとフクシマを重ねて描いた表題作「なのはな」が実は一番傑作。1200円は少々高いかもしれないが、買って損のない一冊である。

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