早瀬耕『グリフォンズ・ガーデン』2012-08-19 18:17

 前回とりあげた『都市と都市』には、途中でネーナの「ロックバルーンは99」(原題は「99ルフトバルーン」、1984年の世界的大ヒット曲)が出てくる。統一前の西ベルリン、会議のディスコ(?)でかかっていたのをボルル警部補が回想する場面である(125ページ)。今となっては「ロックバルーン」って一体何だったんだろうと思ったりもするが、まあこの題名を見るだけで、統一前の雰囲気が出ないこともないので、作者のねらいは成功しているのだろう。自分も思わずネーナのわき毛が話題になったビデオクリップを思い出してしまった。

 さて、たまたま今日本の整理をしていて、奥から出てきた本をパラパラめくっていたら「99ルフトバルーン」が出てきてびっくり。思わず全部読み返してしまった。その本は早瀬耕『グリフォンズ・ガーデン』(早川書房/1992年4月30日発行)。大学の卒業論文をもとにした小説で、作者はこれ一冊を刊行したのみで消えてしまった。20年前の本だから、ネーナの曲は大昔ではなくて、ちょっと昔を連想する小道具として使われている。まあいわゆる一発屋という点でもネーナと共通点はあるかな。でも、小説はなかなかの出来であるので、せっかく再読したことだし、ここで紹介しておこう。

 この本では、二つのパートが交互に描かれる。第一パートである「PRIMARY WORLD」は、「ぼく」がガールフレンドの由美子とともに千歳空港に到着する場面から始まる。大学院の修士課程を終えた「ぼく」は札幌のコンピュータ・サイエンスの研究機関で働くことになった。グリフォンの石像が至るところにあるため、グリフォンズ・ガーデンと呼ばれる研究所で、「ぼく」はバイオ素子を使ったコンピュータIDA-10(Intelligent Dynamic Automaton-10)にデュアル・ワールド・システムというプログラムを走らせる。1990年6月4日にスタートしたそのプログラムの中には「彼」と「佳奈」という女の子が存在する。「佳奈」は札幌に来るときに見た夢の中に出てきた女の子の名だ。

 第二パートである「DUAL WORLD」は、1990年6月4日、22歳の大学生である「ぼく」が講義を受ける場面から始まる。「ぼく」は高校の同級生の佳奈とつきあっており、地動説の正否について真剣な論議をしたり、あわせ鏡の鏡像は無限かどうかを話し合ったりする毎日だ。そんなある日、「ぼく」は教授から札幌の知能工学研究所に行かないかと誘いを受ける。……このあたりまで読み進むと、もう予測がつくと思うが、最後は美しい円環構造(というよりメビウスの輪構造?)を成して物語は終わる。

 あれ? 第一パートの「ぼく」と第二パートの「ぼく」は年齢が違うじゃないかと思われるかもしれない。自分も初読の際は読み飛ばしていたのだが、実は第二パートのある箇所で二年が経過しており、実際には24歳で「ぼく」の年はきれいに同じになるのだ。24に対するこだわりに気付くと、作中で登場人物がむきになって交わす23進数論議も何か関連があるようにも思えてくる。

 外付けディスクがCD-ROM3台だったり、インターネットも携帯も全く出てこなかったりと、今から見るとハードウェア的に随分古臭くなっている場面もあるし、何よりコンピュータの理解はこれでいいのかという根本的な疑問がなくもないが、主役のカップル二組(厳密には1.5組?)が交わす、いかにも大学生らしい存在論的議論の瑞々しさ、新鮮さは、少しも古びていない。議論の内容には勘違いや突っ込みたくなるところが多々あるが、それも若さゆえのご愛嬌だ。マグリット、アンセル・アダムズ、10cc、ネーナ、ティアーズ・フォー・ティアーズなど、登場するアーティストの趣味も小説の雰囲気に合っており、それぞれを場面に合わせた趣向も楽しい。総じて、すぐれた青春小説として、今でも十分楽しめると思う。