チャイナ・ミエヴィル『クラーケン』2013-08-14 22:29

 『言語都市』が傑作だったので、期待して読み始めたのだが、ロンドン自然史博物館からダイオウイカが水槽ごと消え、博物館のキュレーターをしている男の友人レオンが、突然小包から現れた謎の二人組ゴスとサビーに襲われ、食われてしまう場面まで読んではたと気づいた。これ、『言語都市』とは全く系統が違うぞと(遅いか)。本書はロンドンの裏側に脈々と流れる裏の歴史を描いた一種のダーク・ファンタジイなのである。その意味では、ロンドンの地下での戦いを描いたデビュー作『キング・ラット』に似た作品だと言える。

 イカの行方を知っているはずだと誤解された主人公のキュレーター、ビリーはスキンヘッドの筋骨たくましい男デインと逃げることになり、これに「原理主義者およびセクト関連犯罪捜査班」の警部、巡査や、ロンドンに存在する数多くのセクト〈ロンドンマンサー〉〈ガンファーマーズ〉〈カオス・ナチス〉などなどが絡んで、ダイオウイカそっちのけで延々と続く追っかけが始まるわけだ。主にキャラクターで読ませる小説であり、アメコミを小説にしたような雰囲気がある。とりわけ、悪の君主タトゥーの設定(人間の背中にとり憑く刺青)は、非常に漫画的またはアニメ的だ。数多くの地口、カルトや宗教に関する蘊蓄(うんちく)、実在の建物や地名、ドラマネタ(本書で初めて『時空刑事1973ライフ・オン・マーズ』なんてのを知ったぞ)をぶち込んで語られる追っかけ、また追っかけ、アクションまたアクション。作者がとても楽しんで語っているのはわかるのだが、これはちょっと詰め込まれたネタが過剰過ぎるのではなかろうか。出てくる音楽もイット・バイツにゲイリー・グリッター、ソルトンペパーにカニエ・ウエスト、エイミー・ワインハウスでは本当に無茶苦茶で(それがねらいだとしても)、単に出してみましたといった感じにしか見えない。スード・エコーの「ファンキー・タウン」とスペシャルズの「ゴースト・タウン」はロンドンを象徴してるととれなくもないのでいいなとは思ったが。ともかく、全体的にもうちょっと刈り込んで、コンパクトにまとめた方がよかったのではという気がした。

 最後に音楽の訳語だが、プリンスの『キス』は『キッス』の方が、Run-D.M.C.はRUN-DMCまたはRUN DMCの方が馴染んでいると思う。

ロバート・F・ヤング他『時に生きる種族』2013-08-12 21:51

 昨日ディックの新刊を求めて近所の本屋を回ったが、結局一軒も置いていなかった。代わりに見たのは平積みになった『たんぽぽ娘』(何と早くも三刷!)ばかり。『ビブリア』のおかげとは言え、ヤング人気はすごいね。

 さて、そのロバート・F・ヤングの中編「真鍮の都」を含んだ時間SFアンソロジーが本書である。全7編がすべて書籍初収録であるという編者のこだわりがまずはうれしい。個々のコメントは以下の通り。

ヤング「真鍮の都」
 二十二世紀から九世紀へシェヘラザードを誘拐しに来た主人公は、その帰りに機械操作を誤り、シェヘラザードともども十万年後の地球に飛ばされる。そこにあったのは摩訶不思議な真鍮の都であった……。異国情緒たっぷりに描かれるタイムトラベル・ラブロマンス。語り口やテンポもよく、万人が楽しめる作品となっている。

ムアコック「時を生きる種族」
 一度文明を失った者が時計を再発見するところもいいし、後半の無茶苦茶な物理時間論もいい。この大真面目な荒唐無稽さこそサイエンス・フィクションの醍醐味なのだ。

ディ・キャンプ「恐竜狩り」
 発表当時のディテールにこだわったリアルなタイムトラベルもの。現代の視点からすると古臭い点は多々あるが、それを言うのは野暮というもの。古典としての価値は十分ある。

シルヴァーバーグ「マグワンプ4」
 これもタイムループものの古典として評価すべき作品。ニュー・シルヴァーバーグ以前の彼がいかにアイディア一発勝負屋であったかがよくわかる。

ライバー「地獄堕ちの朝」
 ライバーが実は苦手なのである。これも一人の男が時空を超えた旅に出る、その出発点を描いているわけだが、どうもピンと来ない。ホラーとしては楽しめると思う。

クリンガーマン「緑のベルベットの外套を買った日」
 今回最も面白かったのがこれ。ヴィクトリア朝の女流日記を読むのが趣味の若き女性メイヴィスが、行きつけの古本屋で本当に19世紀から来た男性と出会う。寒さに震える彼に、メイヴィスは買ったばかりの緑の外套を渡すが……。タイムトラベルとラブロマンスを絡めた作品としては「たんぽぽ娘」よりずっと出来がいいのでは。緑の外套という小道具がよく効いている。全くの偶然だとは思うが、ウィリス『オール・クリア』でも、緑のコートは重要な役割を果たしている。シェイクスピアの引用もあるし、ひょっとしたらウィリスが影響を受けている可能性も……ないか。クリンガーマンの他の作品も読みたくなってしまった。

シャーレッド「努力」
 これが載った1977年5月号が初めて買ったSFマガジンなので、よく覚えている。はずだったのだが、久しぶりに再読すると、重要なところを随分忘れていた。一種の時空ビューアーを発明した男たちが映画(『アレキサンダー』『ローマ』『フランスをおおう炎』『アメリカに自由を』『兄弟と銃』……どれも観てみたい!)を撮るところはよく記憶に残っていたが、この機械を戦争撲滅の道具として大統領にアピールする終盤の展開は全く覚えていなかった。というか中学生にはよく理解できなかったのだろう。今読むと、本編の政治的な意図がよくわかる。時代を超えた名作である。旧訳には誤訳もあり(「費用をいとわず」→「犠牲をいとわず」など)、新訳の意義は十分あると思われる。

 これだけの作品が一冊で読めるのだから、買って損はない。ぜひぜひ一読をお薦めしたい。

国際SFシンポジウム名古屋大会レセプション2013-08-11 21:36

 シンポジウムが終ってからやはり気が抜けたようになってしまって、ブログもすっかり滞ってしまった。

 これではいけない。まずは前回書こうと思って先送りになっていたレセプション(打ち上げ)のことを書いておこう。場所は本山の「スタンドバイミー」。長澤さんが片づけで忙しいので、会場の椙山女学園から皆を引率するのは自分の役目である。終了後も皆さん、話に花が咲いているのを無理やり終っていただき、会場に向かう。と、見知らぬ若者がそばにいたので、どうですか、レセプション行きませんかと誘うと、実は自分は木立嶺(こだちりょう)という作家であると名乗られてびっくり。第8回SF新人賞(徳間のやつ)佳作に入った作家ではないか。「あの『ケージュン』何とかの……」すぐには作品名が出てこなかったが、作家名はよく覚えている。新人賞・佳作をとった21人中、唯一単行本化されていない「戦域軍ケージュン部隊」の作家である。なぜその作家をよく覚えているかというと、実は自分が下読みで高評価をつけた作品の作者だからである。セリフ回しに気になるところが多かったが、話はよくできており、力は十分感じとれた。11回すべての下読みを担当したが、自分が読んで賞を得たのは彼と、『シンギュラリティ・コンクエスト』の山口優だけだったので、よく覚えていたのだ。聞けば、SFではないが、単行本も出すことができたとのこと。いや、よかった、よかった。と盛り上がりつつ、レセプション会場に到着。

 立って写真の準備などしていたら、何とバチガルピの真ん前しか席が空いていない。高校の同僚で英語の先生であるTさんとともにそこへ座る。いや、とにかくバチガルピはしゃべるしゃべる。すごい勢いである。もう少し英語力があれば……と悔やまれることしきり。フェイバリットSF作家を尋ねると、まずはギブスン。文体が最高、エクセレント。でも話は最低。『モナリザ・オーヴァードライヴ』が一番好きとのこと。次はル・グィン。『闇の左手』もいいけれど、『所有せざる人々』が最高。世界がリアルで政治的なところがいい。ミエヴィルはどうですか、と聞くといいけれど今一つという感じだったかな(これは自信なし)。同僚のTさんは『ねじまき少女』について突っ込んだ質問をしていたので、後で文章にまとめておいていただいた。どこかで発表できればと思う。
 名大SF研の片桐くんが、小林くんが百合小説を好きなので「フルーテッド・ガール」を読んだんですよと妙な紹介の仕方をしていたが、何とか通じていたようだった。

 ドゥニさんに最近のフランスSFは何が面白いのか聞く。風が吹いて世界が滅ぶというバラードのような話と、『悪の根っこ』という題名のノワールっぽい本が面白いと聞いたのだが、作家名を忘れてしまった。誰かフランスSFに詳しい人教えてください。

 中村融さんにいろいろ面白い話をうかがったのだが、これはオフレコ。それにしても、久しぶりにお会いしたのだが、全然パワーが衰えていないのにはびっくりでした。

 YOUCHANさんと巽さんに『現代作家ガイド ヴォネガット』に同時にサインをいただく。家宝にしたいと思います。

 その他いろいろ、あっという間に夜は更けてお開きとなったのだった。いやあ、濃い一日であった。写真は最後に撮った記念撮影です。みなさん、本当にお疲れ様&ありがとうございました!

国際SFシンポジウム名古屋大会終了!2013-07-26 00:13

 本日国際SFシンポジウム名古屋大会、無事終了しました。ゲストの皆さま、見に来て下さった方々、本当にどうもありがとうございました。

 まずは慶応大教授巽先生の開会宣言から。1970年の第1回から43年、当時は経済成長と呼応するテクノロジーの進歩が単純に信じられていたが、現代においてはテクノロジーが制御しきれない自然環境と人類文化との関わりを考えながらSFが書かれなければならないという大会の全体テーマを踏まえたものであった。

 続けては第1部、テーマは「SFとジェンダー」。パット・マーフィーはパワーポイントを巧みに使って、我々の脳がいかに既成概念にとらわれているかを暴き出す。ジェンダーも無論その一つであり、男の英雄ばかり描かれてきたSFであったが、本来SFとは自由な想像力によって、どのような世界も描き出せるはずである。そこにSFの可能性があるというような話であった。
 バチガルピも自分の脳が既成概念にとらわれているという話を二つの実作体験から語る。『ねじまき少女』のカニヤは元は男性キャラであったが、友人に話を読ませたら、この話には女性が必要だと言われ、後で女性に書き換えた。すると、当初はしていなかった外見描写をしたくなって困ったという話が一つ。もう一つは『シップブレイカー』のヒロイン、ニタはインド人で髪も目も黒く肌も褐色だったのだが、これを金髪碧眼の白人にしたくなって困ったという話(これはディズニーのせいだとか)。どちらも「脳は自分の見たいものしか見ない」という例であり、ここから逃れることが大事なのである。
 片桐くんからは、ミステリのトリックで脳の既成概念を揺るがすものがあるが、SFにおいてジェンダーをどう描きうるのかという質問。
 再びマーフィーに戻って、彼女が『ホビット』を読んだ時、自分の居場所はこの中にない=女性の登場人物がほとんどいないと思った。そこで、『ホビット』のスペース・オペラ・ヴァージョンである『ノービットの冒険』では主人公以外に女性をたくさん出した。強い女性を出すことを強調するのではなく、強い女性が出てくることが当たり前になるようになってほしいというようなところで、第1部終了。

 第2部のテーマは「アジアSFの可能性」。呉岩(ウー・ヤン)さんは中国SFの歴史について語り、立原さんはそれを受けて日本で紹介された中国SFについて語る。ドゥニさんは、フランスでの日本SF紹介の状況を語り、YOUCHANさんは、自分の仕事と絡めてアジアとの交流について語ってくれた。最後に若者がSFを読むことの意義について一言ずつ語ってもらい、質疑応答の上、時間を大幅に超えて終了。

 ゲストの皆さま、通訳をされた原田さん、本当に本当にありがとうございました。何よりほとんどの準備を一人でやってのけた長澤さん、本当にお疲れ様でした! 手伝ってくれた片桐くんもありがとう!

 来てくれた堀田あけみさん、中村融さん、大野典宏さん、高井信さん、啓一くん、三輪田さん、朝子さん(カメラありがとう!)、名大の小林くん(ビデオありがとう!)、山田くん、金曜会の小林さん、稲垣くん、ラドンさん、その他(名前抜けてたらごめんなさい)の皆さん、どうもどうもありがとうございました。感謝、感謝です。

 その後はレセプションで大いに語り、大いに飲み、大いに食べて盛り上がりました。その話はまた今度にでも。

国際SFシンポジウム名古屋大会(その2)2013-07-13 20:30

 国際SFシンポジウム名古屋大会のパネラー決定しました!

 第1部は予定通り、バチガルピとマーフィー。

 第2部は呉岩(ウー・ヤン)、立原透耶(たちはらとうや)、ドゥニ・タヤンディエー、YOUCHAN(ユーチャン)の4人。

 日時場所は 7月25日(木)14時半開場、15時開始
          椙山女学園大学メディア棟G001教室

名古屋大会のチラシはここ
http://www.asahi-net.or.jp/~yu4h-wtnb/issf.pdf

 これを見ている人はとにかくおいでいただくか、せめて宣伝をお願いします。

 ここのところ毎週椙山の長澤さんと名大の片桐くんと3人で打ち合わせをしてきたので、これでようやく一区切りという感じ。後は宣伝あるのみということで、早速長澤さんに前もって電話していただいてあるちくさ正文館本店へ。店長さんは意外にも「いつ来るかと思ってたよ」と温かい言葉を下さり、ネットなどでこのシンポジウムのことを知っていた様子。チラシを置くことも快諾していただいた。感謝、感謝です。高校生の頃、ちくさ正文館で筒井康隆のサイン会があり、出かけて行列に並びサインをもらったことを思い出して話してみたら、店長さんはよく覚えていて懐かしそうにそのことを話してくれました。高井信さんとはその頃からの知り合いだそうで、なるほどそれで「べむ傑作選」も置いてあったんですね。
 実はそこで弟に遭遇したので(結構な確率で正文館で会うのである)、以後は4人で活動する。シネマテークはアポなしだったし、映画の入れ替えで人がいっぱいだったのでスルーし、鎌倉文庫へ。ここでもチラシを置いてもらえることになる。最後にウニタ書店へ。ここはもはや全国でも珍しいと思われる左翼系書店で、人文系書籍が大変充実している。自分は高校生の頃にここでNW-SFを手に入れたことがある。打ち合わせの前にチラシを置いてもらうことを頼んでおいたので、4人で訪れたときには、既に貼ってあった。これも感謝ですね。先週はすごく久しぶりに金曜会にも出かけてチラシを配りましたよ。片桐くんはその後、本山のシマウマ書房に出かけて、チラシ置いてもらえることになったそうで、これもよかった。後は、ジュンク堂とかかなあ。チラシ置いてくれそうなところがあったら教えてください。

 弟には「ネットの時代に何やってるんだか」とあきれられたが、足を使ってチラシを配るというアナログさが大事なのではないかと思う次第。
 ではまた。