ネルスン・ボンド全邦訳短篇レビュー2024-04-27 11:53

街角の書店
 前々々回でお約束したネルスン・ボンド全邦訳短篇レビュー(発表年代順。いくつかはオチを割っていますが、ご容赦ください。)です。デーモン・ナイト全短篇、アルジス・バドリス全短篇も準備中。

1 「過去からの声」鎌田三平・訳(『三分間の宇宙』講談社)The Voice from the Curious Cube (Top-Notch 1937/3)
 太古から残された巨大な立方体の入り口が開き、中に入ると巨大な引出しがいくつもある。立方体は、塩素の雲に突入した25世紀の人類が50世紀の人類に向けて残した建造物であった。録音された声が響き、大気が清浄になっていれば、レバーを下げて引き出しの中に眠っている1万人の人間を目覚めさせてほしいと告げる。しかし、中に入った××たちには聴覚がなかった……

2 「鏡の中を歩いた男」森美樹和・訳(「奇想天外」1980年5月号)The Man Who Walked Through Glass (Esquire 1938/11)
 ぼくがニューヨークのクラブで出会った男は、ガラスに手を入れることができた。突然出来るようになり、指輪などを身につけていると出来ないと言う。男の家に招待され、裸になった男が鏡の中へ入っていく様を見せられる。鏡の中はすべてが左右対称で、言葉も時間が逆転していた。中に入ると「無限の充足感」が得られ、光り輝く都市があると言う。数か月後、ぼくはある男が巨大なレンズを備えた反射望遠鏡の中に入ったというニュースを聞く。

3 「SF作家失格」小西宏・訳(『SFカーニバル』創元SF文庫)The Abduction of Abner Greer (Blue Book 1941/6)
 不採用が続くSF作家アブナー・グリーアは、車型タイム・マシンで未来からやって来た男たちに誘われ、25世紀の世界に連れていかれる。ジョークを言うよう要求され、いくつか言うが全く受けずに都市に放り出される。自分を戻すよう交渉すると、不採用通知に貼ってあった古切手に興味を示した未来人に襲われ、気を失う。気づくと現在に戻っていたアブナーはこの体験をもとにSFを書くが、似ても似つかぬものになってしまい、やはり原稿は没にされてしまうのだった。

4 「街角の書店」中村融・訳(『街角の書店』創元推理文庫)The Bookshop (Blue Book 1941/10)
 作家ロバート・マーストンは、夏のマンハッタンで見つけた、ある書店に入る。そこには実在する文豪の書かれなかった本が並んでいた。ポオの『ガーゴイルの眼』、ドイルの『シャーロック・ホームズの秘めたる事件』、ラヴクラフトの『悪魔学全史』等々。亡くなった友人の未完詩集も置いてある。自分が執筆中の『落伍者』という本を見つけたマーストンは、それを外へ持ち出そうとするが……

5 「全能の島」桂英二・訳(「宝石」1955年2月号)Conquerors’ Isle ( Blue Book 1946/6)
 第二次大戦中、日本軍を攻撃していた爆撃機が、ある島へ不時着する。操縦していたブラディ大尉がそこで見たのは、武器や無線を無効化する力、壁を通り抜ける力をもった新人類(ホモ・スペリオール)の姿であった。ボートで島から逃げ出した大尉は軍医に経緯を話すが、信じてもらえない。聞き終えた軍医は報告のために壁を通り抜けていった……

6 「見よ、かの巨鳥を!」浅倉久志・訳(『グラックの卵』国書刊行会)And Lo! the Bird (Blue Book 1950/9)
 宇宙から分速16万キロで巨大な鳥が太陽に接近してくる。鳥が水星に到着すると、水星が割れて中から巨大なひな鳥が出現。巨鳥は次に金星に向かい、そこに留まっている。地球で孵化を防ぐには、中にいるひな鳥を殺すしかない。しかし、時すでに遅し。今朝早く、人々は地球にノックの衝撃を感じた。

7 「感傷的な男」青木秀夫・訳(「SFマガジン」1965年3月号)Vital Factor (Esquire 1951/8)
 宇宙船の動力を開発した者に10万ドルの賞金を出すと広告を出した実業家のもとに、一人の小柄な男が訪れる。反重力を使った小型模型を見せて信用を得た男は、二人乗りの宇宙船を試作する。二人は無事出発するが、男は地球に戻ろうとしない。感傷にかられ、故郷へ戻りたくなったと男は実業家に告げる。彼は宇宙人だったのだ……

 総じて、シンプルな発想を軽妙に語る典型的なワン・アイディア・ストーリイなのだが、語り口が巧いため、自然に引き込まれる。6のように荒唐無稽な発想であっても、新聞記者の手記の形をとって科学者のインタビューから始まり徐々に話を盛り上げていくので、読者はこういうこともあるかなとリアルに感じるわけだ(絶対にないのだが)。他の作品でも、主人公が体験を医者に語るとか、クラブで出会った男の語りから始まるとか、話の入り口が実に上手い。SF専門誌ではなく、〈ブルー・ブック〉などの一般誌に書くことが多かったので、このようなテクニックが身についたのだろう。浅倉久志氏が『グラックの卵』解説で、6について「文書のタッチが意外に落ちついた新聞記者物の感じなのに驚いた」と書いているように、文章もしっかりしており、オチも見事。1930~40年代にかけて書かれたユーモアSFのお手本と言える。中には、5や7のように、やってはいけない「宇宙人(新人類)オチ」のような作品もあるが、まあこれはご愛敬といったところ。7篇中のベストは、やはり4「街角の書店」になろうか。2「鏡の中を歩いた男」も捨てがたい味がある。

 ちなみに、5「全能の島」は〈宝石〉1955年2月号の特集“世界科学小説集”に、アシモフ「ロビイ」、ウエルズ「タイム・マシン」とともに翻訳された作品なのだが、いったいこれは誰が選んだのだろうか。アシモフ、ウエルズに並んでネルスン・ボンド。他の作品も、アーサー・L・ザガートとウォーレス・ウエストというマイナー作家のもので、セレクションが謎である。同号にコラムを寄せている矢野徹なのか。そうかもしれない。6を〈宇宙塵〉で紹介したのも矢野氏であったと『グラックの卵』解説に書いてあるし、どちらも1954年刊行の第三短篇集No Time Like the Futureに収録されているから、矢野氏がこれを読んでボンドを推薦した可能性はあるだろう。

 中村融氏は、自身のブログ(http://sfscannerdarkly.blog.fc2.com/blog-entry-397.html)で、やはりこのラインナップに首を傾げておられる。版権をとらずにアンソロジーから採ったものであり、ボンドの作品も短篇集でなく、アンソロジーからの選択ではないかと推測されており、なるほどそうなのかもしれない。70年前のことなので、真相はもはや闇の中であろう。

コメント

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://sciencefiction.asablo.jp/blog/2024/04/27/9679322/tb