イアン・マクドナルド『サイバラバード・デイズ』2012-05-19 23:28

 ひさしぶりの更新になってしまった。一ヶ月以上何もしていなかったわけではなく、本はどんどん読んでいますよ。今回は、この間に読んだ新刊の中でのピカイチ、おそらく今年のベスト1間違いなしの傑作をご紹介しましょう。

 本書は、いくつもの小国に分裂し、国々が互いに資源をめぐって争う近未来のインドを舞台に、そこで生きる人々の姿を生き生きと描き出したマクドナルドの連作短編集である。

 まずは日本のアニメを連想させる巨大ロボットを遠隔操作で動かす少年達の話「サンジーヴとロボット戦士」、インドに移り住んだ白人少年の異文化体験を描く「カイル、川へ行く」で、作者はぐいっと読み手を引きつける。ここにいるのはロボットに憧れサッカーとゲームに夢中になる、至って普通の少年たちだ。彼らの視点から、近未来のインドの姿がちらちらと垣間見える。パーマーと呼ばれる手袋型コンピューター端末、耳のうしろにかけて五感を投影する勾玉型の受信器ライトホーク、巨大ロボット、人間レベルにまで進化した人工知能といった最新テクノロジーの成果と、すべてを飲み込むガンジス川に代表される広大な自然、人で溢れ人力車が行き交う街並み、シヴァやヴィシュヌら神々が乱舞するヒンドゥー教、古代から連綿と続く様々な伝統とが一体となって醸し出される濃密な雰囲気は、妖しい魅力に満ちている。とりわけ興味深いのは、男女の産み分け技術が発達し、かつ男を望む親が多かったため、男女の比率が四対一にまでなってしまったという設定と、AIが俳優を演じるドラマに皆が夢中になっているという設定だ。いずれも、複数の作品で顔見せ程度に登場したり、重要な役割を果たしたりしており、読み進むにつれ、立体的にインドの姿が浮かび上がってくるという趣向である。

 イントロダクションとも呼ぶべき二編の後には、読者はいきなり近未来インドのド真ん中に放り込まれることになる。血で血を洗う家同士の抗争を描き、驚愕のラストが待ち受ける「暗殺者」、パーマーに頼りっぱなしの恋愛をシニカルに描いた「花嫁募集中」、五歳で親から引き離されネパールの生き神となった女性の数奇な運命を描く「小さき女神」、どれも面白いが、やはりヒューゴー賞をとった「ジンの花嫁」と、書き下ろしの「ヴィシュヌと猫のサーカス」の二編の出来映えが群を抜いている。前者は、AIとの恋愛を徹底して描いており、後者は、遺伝子操作の結果寿命が二倍に延びた男性を語り手にして、主人公の一生を描くとともに宇宙全体の運命にまでスケールが広がっていく、良質のSFならではの感動がある。

 マクドナルドと言えば、十五年ほど前に『黎明の王 白昼の女王』『火星夜想曲』と立て続けに二冊が紹介され、濃密な文体と詰め込まれたアイディアのすごさで話題を呼んだ作家であるが、自分としては当時の二作品の評価は、すごいとは思うけれど若干消化不良気味なのではないかというものであった。『火星夜想曲』は見事〈SFマガジン〉1997年海外SFベスト1に輝いたが、自分は確かベスト5にも入れなかったはず(古沢さん、すみませんでした)。当時の書評がいささか歯切れの悪いものになっているのは、そういう気持ちがあったからだろう。

『黎明の王 白昼の女王』書評 http://www.asahi-net.or.jp/~YU4H-WTNB/sfm/sfm9506.htm
『火星夜想曲』書評 http://www.asahi-net.or.jp/~YU4H-WTNB/sfm/sfm9711.htm

 しかし、ここにあるのはかつてのマクドナルドではない。物語とアイディアは無理なく結びつけられており、観念的でなく、血の通った人間が存在している。ここにあるのは、最新科学が想像力で引き延ばされ、斬新さとリアリティが絶妙にブレンドされた、理想的なサイエンス・フィクションである。今や私は、何のためらいもなく、本書を2012年ベストSF1位に推したいと思う。