長谷邦夫『あるマンガ家の自伝 桜三月散歩道』2012-01-08 23:00

 もはや少なくなってきたトキワ荘時代の生き残り、パロディ漫画製作者にして漫画界の生き証人、長谷邦夫の自伝である。2012年1月10日発行だから、まだ出たばかり。水声社刊なので、あまり普通の本屋には置いていないかもしれないが、アマゾンで入手可能である。

 先日実物を石ノ森萬画展で見てきたばかりの『墨汁一滴』について、なぜ2号の版型が横長だったのかも本書を読んで謎が解けた。何のことはない、郵便で回覧していたので版型を小さくして郵送料金を安くあげようとする工夫だったのだ! 本書にはこうした現場にいた者でないとわからないような細かいエピソードが無数に散りばめられており、著者の記憶(記録)の細かさにはいつも感心させられる。石ノ森、赤塚との出会い、手塚治虫の仕事場への訪問など漫画黎明期のエピソードについては、『漫画に愛を叫んだ男たち』(2004年、清流出版)に既に詳しく語られており、そちらを読んだ方が面白い。赤塚との共同作業、そして別れに至るまでも詳細に綴られており、漫画ファン必読の名著と言えよう。それに対して本書は「自伝」と銘打ってあるだけに、何にでも興味を持ち渦中へ飛び込んでいく著者の性格のまま、題材は漫画だけでなく、SF、ジャズ、現代詩、演劇、映画とどんどん広がっていく。山下洋輔トリオとともにドイツへ出かけた話など個々のエピソードは実に面白いのだが、話があまりに広がり過ぎて、時間が飛んだり戻ったり、話が横へそれたりして、まとまりがついていない。ちょっと読むのはしんどかった。それが人生だと言われればそうなのだが、せめて章立てをジャンルごとにして読ませるとか、工夫があってもよかったのではないだろうか。全体を損なうほどではないのだが、『猿人ジョー・ヤング』と『キング・コング』のストーリーを混同していたり(227頁)、『漫画少年』がB4判で刊行されていたり(53頁)、室町書房のSFシリーズが1965年に刊行されていたり(104頁、正しくは1955年)、結構あちこちにケアレスミスがある。これらは編集がちょっとチェックをすればわかることなので、全体の構成もそうなのだが、赤塚のブレーンとチェックを長谷が務めてきたように、長谷のチェック役が誰かいれば、もっとよい本になったのではないかと思わされた。

 その点、前述の『漫画に愛を叫んだ男たち』は漫画について絞ってコンパクトにまとまっており、本書を読む前に、まずはこちらから読むことをお薦めしたい。アマゾンでまだ入手可能である。

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