ジョー・ウォルトン『図書室の魔法』2014-06-01 19:21

 舞台は1979年のイングランド。ウェールズで暮らしていた15歳の少女モルは一卵性双生児だが、双子の妹を事故で亡くしたばかり。普段から折り合いの悪かった母親が情緒的に不安定となったため、かつて母と子を捨てた父親の家に行くことになる。それまで会ったこともなかった父親の家には三人の伯母が同居しており、厄介者のモルは学校の寄宿舎で暮らすことになった。そこは上流家庭の子女が通うお嬢様学校であり、少数の友人はできるものの、基本的にモルにとっては居心地の悪い場所でしかない。もともと『指輪物語』とSFが大好きなモルは図書館に入り浸り、SF好きな父親の影響もあって、SFを中心とする読書に夢中になる。モルは、やがて外部の読書クラブの存在を知り、毎週の討論会を楽しみにするようになる。そこで同じSFファンの男の子ティムと親しくなっていくモルだが、実は彼女には驚くべき秘密があった……。読書好きな人、とりわけ子ども時代に周囲に違和感を感じ本の中にのめり込んだ経験を持つ人にとって、本書はとても共感できる一冊である。

 作者は1964年生まれだから、1979年には主人公と同じ15歳。モルの造形には自身の体験が濃厚に反映されているのだろう。ル・グイン、デイレーニイ、ゼラズニイらの著作に15歳という多感な時期に出会い夢中になったのは、主人公だけでなく、おそらく作者自身でもあるはずだ。個人的な話になって申し訳ないが、作者と1年違いで1979年に16歳だった筆者も、同時期にモルと同じ本を読んでSFに取り憑かれてしまった一人である。これは本当に当時の翻訳出版状況(と翻訳者の方々)のおかげなのだが、たとえば本書に登場する『アンバーの九王子』『天のろくろ』『エンパイア・スター』などはすべて78年~80年に刊行されているので、本当に筆者とモルは同じ本をほぼ同じ時に読んでいたことになる。当時は折からのSFブームのおかげで英米SFの話題作はリアルタイムか、やや遅れて紹介されていたのだ。本書を読むことは、まさしく自分の読書遍歴を辿ることに他ならず、実に奇妙な感じを受けた。しかも、自分はたまたま一卵性双生児であり、双子の妹を亡くした主人公の気持ちも痛いほどよくわかる。モルが他人とは思えなかった所以である。ただし、自分の立ち位置はモルよりはそのボーイフレンドのティムに近い(特にあまり読まずにハインラインを馬鹿にしているところなど)。「ハインラインはファシストなんかじゃない。人間の尊厳や責任、誠実さや義務感といった昔ながらの価値観がどれほど大切か、作品の中で訴えているだけよ」というモルのセリフには、今さらながら、はっとさせられた。

 つい横道に逸れてしまったが、本書の主題は、母との確執並びに妹の死の克服という重いテーマをファンアジイの形で描くところにある。モルには実はフェアリーが見えるという無茶な設定はおそらく妄想だろうと思って読んでいったのだが、あにはからんや、良い意味で予測を裏切る展開であり、結末であった。SF/ファンタジイ以外にもシェイクスピアなど文学への言及も多く、たとえ嗜好や過ごした時代は違っても、思春期に読書に夢中になった人なら必ず楽しめる一冊だと思う。