C・L・アンダースン『エラスムスの迷宮』2012-04-03 05:10

 3月15日の高校入試から終業式、転勤シーズンを迎え、来年度の準備と、ずっと忙しく、なかなかブログも更新できなかったが、時間割の作成も峠を越え、ようやくほっと一息つけるようになった。たまっていた新刊SFも読まなくては、とまず手に取ったのが2月15日刊行の『エラスムスの迷宮』である。

 人類が銀河系にその版図を広げ、バイオテクノロジーによって平均三百歳の寿命を手に入れた未来。地球には統一世界政府が出来ており、平和を守るための守護隊が組織されている。三十年前に守護隊を退役して、穏やかな家庭を築いていた元野戦指揮官テレーズのところに、突如呼び出しがかかった。かつての同僚ビアンカがエラスムス星系で巡視をしている最中に亡くなり、任務の後継者に彼女を指名したのだという。一年以内にはエラスムス星系が太陽系に戦争をしかけてくる可能性もある。葛藤の末、任務を引き受けたテレーズは早速エラスムス星系に向かう。そこで彼女を待ち受けていたものは……。

 設定は面白そうなのに、物語がもたついている上に、話はどんどん拡散し、視点人物が物語後半に増え続けるという掟破りの展開で、読み進めるのが結構つらかった。主人公テレーズとエラスムス星系側のアメランド大尉の二人に視点を絞って、この半分ぐらいの分量に刈り込めば、もっと面白くなったのではないだろうか。一部の富裕層が富を独占し、多数の貧民が奴隷として暮らすしかないエラスムス星系の姿は、明らかに現代アメリカの反映でもあり、正義感溢れる主人公と体制側ではあるが心では権力に逆らう好青年とが、協力して悪を打ち倒すという基本的にシンプルな勧善懲悪物語なのだから、それに見合ったスピーディな展開をしてほしかった。思わせぶりなプロローグも全然生きていないし、肝心のビアンカの死の真相も拍子抜け。主人公とその家族の描き方があまりにも優等生的で嘘っぽく見えてしまうため、ラストの暖かい家族愛にも全く感動できなかった。

 小説として面白くないのなら、SFとしてはどうなのか。これもやはり不合格。本書にはSFならではの魅力があまりにもなさ過ぎるのだ。三百歳を超える人間や脳内にコンパニオン(一種のAI)を埋め込まれた人間やガス巨星を背景にした月で一生を過ごす人間が、何の変哲もないアメリカ人にしか見えないのはどうしてか? 作者の想像力が足りないからとしか答えようがない。作者がサラ・ゼッテル名義で発表した処女長編『大いなる復活の時』についても自分は批判的に書評しているので、よほどこの作家とは相性が悪いのだろう。

http://www.asahi-net.or.jp/~YU4H-WTNB/sfm/sfm9908.htm#B

 すぐれたペーパーバック・オリジナルに与えられるディック記念賞の2010年受賞作なのだが、前年の受賞作『シリンダー世界111』も設定はいいのに物語が面白くなかったという点では共通している。ひょっとして、この賞はそういう作品に与えられることにでもなっているのだろうか。ディックが草葉の陰で泣いてるよ。

 国語教師としての蛇足。p.159「ぎごちなく→ぎこちなく」(確かに広辞苑には「ぎごちない」で出ていますが……)p.296「エメルギー→エネルギー」p.443「わたしたは→わたしたちは」
 早川書房さん、最近ちょっと校正が甘くないですか?